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人権に関するデータベース

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研修講義資料

神戸会場 講義1 平成23年11月15日(火)

「アイヌ民族に関する人権学習」

著者
若園 雄志郎
寄稿日(掲載日)
2012/03/28

※アイヌのカタカナ表記では小さい「ル」や「シ」などを使用します。括弧を使用した「(ル)」や「(シ)」などは小さい表記を表します。
 
 皆さん、どうもこんにちは。
 遠いところ、ありがとうございます。私も今日、北海道から参りまして、雪だという予報が出ていたのですが、無事にこちらに来れて、本当にありがたく思います。
 配布資料に書かれている本田先生と名前が違っておりますが、諸事情で私が勤めさせていただくことになりましたので、もし本田先生に会いたいという方がいらっしゃいましたら、ぜひ札幌大学までお越しいただければと思います。(笑声)
 それでは、始めさせていただきます。
 まず、最初にDVDを少しご覧いただきます。これは、皆さんのお手元のパンフレットにも書かれているかと思いますが、下に書いてあります「財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構」が出しているビデオです。
 このDVDは申し込めば、借りることが可能ですので、もし興味があれば、ぜひ申し込んでいただければと思います。全部で30分ほどございますが、時間の関係上、頭の5分ほど上映したいと思っております。
 それでは、まず見ていただきます。
【DVD上映開始】
  ○宇梶剛士(俳優)によるオープニング
  ○レラ・チセ(アイヌ料理店、現在は閉店)の紹介
  ○アイヌ・アート・プロジェクトの紹介
  ○OKI(ミュージシャン)へのインタビュー
【DVD上映終了】
 この後、アイヌのデザイナーの方や、アイヌ語教室などの紹介、最後のほうには1992年の国際先住民年の開幕式典でのウタリ協会の当時の理事長でありました野村理事さんのスピーチ、あと有名なところで国会議員になりました萱野茂さんのお話も出てきます。萱野さんについては、アイヌ語で国会の代表質問に立ったことを紹介したり、「言葉がある限り民族はあり続ける」とおっしゃっています。この言葉は非常に含蓄に富んでいると考えております。
 今ご覧になったビデオで、最後にOKIさんというミュージシャンの方が出てきたのですが、その方が「最初の先生は、昔のテープと研究者が残した文献である」と非常におもしろいことを言っておりました。
 OKIさんはアイヌの方なのですが、結局、御自身のお父さん、お母さん、ないしはおじいさん、おばあさんからはアイヌの文化を受け継げられなかったということです。むしろ、研究者がアイヌの文化を記録したものや、文字で記録したもの、テープ、そういったものから学んできたということをおっしゃっていました。これも非常に興味深いところじゃないかなと思います。
 本題のほうに入っていきます。本日は、「アイヌ民族に関する人権学習」というタイトルをつけました。
 まず初めに、イントロダクションといたしまして今のDVDを見ていただきました。それに加えて少し、お話しておきたいことがあります。2008年6月に衆参両院の本会議で、政府に対してアイヌ民族を先住民族と認めることを求める決議が行われました。これを受けて、政府は内閣官房長官の談話という形でこれを認め、アイヌ政策をさらに推進し、総合的な施策の確立に取り組むという意向を示しました。これにより、アイヌ民族は先住民族ということで認められました。
 ただし「先住民族」という言葉は、さまざまな定義が存在します。そもそも昔から住んでいたころから、権利を持った主体としてとらえるやり方や、地権に対する考え方など、さまざまな要素が絡んでくる。
 ただ、定義には少しあいまいな部分がございます。そこで、現在、アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会、そしてアイヌ政策推進会議で、さらなる枠組みづくり、具体的な政策が話し合われているところであります。今回は人権という視点から、このアイヌ民族をめぐる問題点等についてお話していきたいと思います。
 参加者の皆様に伺ってもいいというお話を聞きましたので、お伺いしたいのですが、アイヌの方に会ったという方はどのくらいいらっしゃいますか、どんな形でもいいですので。あっ、ぱらぱらいらっしゃいますね。ありがとうございます。
 あとは北海道に行ったりすれば、もしかしたらと思うこともあるかと思います。また、今ビデオで「レラ・チセ」というお店が出てきましたが、このお店は、昔、早稲田大学の近くにあり、その後、新井薬師のほうに移転しています。現在は閉店しておりますが、そのかわり「harukor」というお店が大久保にできております。そのお店でも、アイヌの料理が食べられますので、ぜひ東京に行かれることがありましたら、お立ち寄りになるといいと思います。実は、偉そうに紹介しておりますけれども、私はまだ行ったことがないのです。北海道と東京は非常に遠いものでして、なかなか行けない。「レラ・チセ」は何回か行ったことがあるのですが、「harukor」のほうは、開店したという話までしか聞いてない状況です。味はどうなのかと気になっておりますので、ぜひ行きたいのですけれども。
 アイヌの方にお会いしたことありますか、というふうに伺いました。今、大体手が上がったように見受けられましたが、何が触れる機会として、どういったことが考えらえるか。例えば学校の社会科で、もしかしたら触れるかもしれない。あとはそうですね、博物館で見た、本で見た。さっきも申し上げたように北海道に旅行したときに、例えば白老というところですとか、平取というところだと、見ましたよと、こういう話が出てくるかなと思います。
 自己紹介でもあるのですが、私は北海道釧路市が出身地になります。ただ、住んでいたので小学生までで、その後すぐに埼玉に移ってしまったのです。ですので、北海道の思い出は小学生までの記憶ということになるのですが、ただ、私は小学生のころから、博物館が大好きで、家が近かったんです。釧路市立博物館によく行っていました。なかなかすてきなところというイメージがあります。
 この出典は、博物館の総合案内から写真を持ってきたものです。3階、3フロアに分かれてまして、1階が自然で、2階が釧路の歴史、そして3階がアイヌの文化について触れられているます。これには「サコロベの人々」というテーマがついておりました。
 少し見ていただければわかるのですが、この辺に服があって、ここにもありますね。服が、着物があります。これは一つ一つ解説していると、時間がなくなっちゃいますので、チヂリですとか、チカ(ル)カ(ル)ペですとか、あとルウンペ、そういった名前がついた伝統的な着物ですね。 
 下のほうにマネキンがありまして、こちらアットゥ(シ)という織物、木の皮の繊維を使って織る織物ですが、その様子が再現されています。ここに食事に使うようなひしゃくというか、そういったものですとか、お盆が置いてある。手前はちょっとわかりづらいのですが、ここ耳飾りですとか、首飾り、アイヌ語ですと「タマサイ」と言ったりしますけども、そういったものが置かれております。
 皆さんにお配りした小学生用の副読本があるのですが、この中にもきれいな写真載ってますので、この不鮮明な写真じゃよくわからんという方は、例えば8ページ、9ページに着物が載っております。皆さんに小学生用をお配りするのは大変失礼だとは思ったのですが、資料が限られているもので申し訳ないです。ただ、写真に関しては小学生も大人もないかと思いますので、ぜひ参考にしていただければと思います。今この副読本に掲載されているものは、確かにアイヌ文化であります。
 しかし、先ほどのDVDでも少し出ましたが、現在、アイヌの伝統的な生活をしている人はいないと言っております。つまりは、伝統的な生活が前面に出されている反面、現在のアイヌの方たちまで伝統がつながっていないということが言えると思うのです。
 もちろん、これに対する批判はあります。ですが、現存の博物館でアイヌ文化や伝統だけを前面に出し過ぎない展示にするというのは難しいですし、お金もかかります。その他、難しいことが多々ありますので、例えば、特別展を行うなどしてきちんと情報発信していくという対応しているのが現状です。
 そのため、アイヌ文化というものが、いうならば閉じたものである、ないしは過去のものとしてとらえられてしまっている。先ほどのDVDで、アイヌ・アート・プロジェクトの公演がありましたが、ああいったものはどこまでが伝統なのか。実際、ロックのニュアンスも入っていますよね。
 そうすると、あれは伝統的と言ってしまっていいのか、という議論が絶対出てきますが、迷うことなく、あれもアイヌの文化の一つと考えていいのではないでしょうか。つまりアイヌ文化というものが、アイヌ文化だけではなく、アイヌ民族自体も過去のもののように思ってしまう危険性は認識する必要があると思います。
 近年の動向として、皆さんは御存じかもしれないのですが、おさらいいたします。
 1984年、北海道ウタリ協会(現在:北海道アイヌ協会)が「アイヌ民族に関する法律(案)」というのを出しました。こちらでは、民族に関する権利というのが非常に大きく取り上げられております。例えば、教育に関して基金をつくってほしいといったことなどが盛り込まれております。
 そして1997年、「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律」(略称:アイヌ文化振興法)が成立しました。たまにこれをアイヌ新法と略す場合もあるのですが、1984年の「アイヌ民族に関する法律(案)」を「アイヌ新法(案)」と略すこともあり、紛らわしい部分がありますので、「アイヌ文化振興法」と略しております。また、こちらの略称が示すとおり、文化に特化した法律だと言うことができると思います。ですから、1984年に北海道ウタリ協会が求めていたような法律ではありませんでした。
 しかしながら、アイヌの文化に関して法律ができたというのは、一定の前進ではないのかなと私は個人的に考えています。
 そして、これに伴って「北海道旧土人保護法」が廃止されます。これは明治時代にできた法律なのですが、それが20世紀も終わろうとするころまで残っていたのです。この名称は非常に差別的だという以外にないと思います。旧土人という、昔は土人だったという意味で使っていますので、非常にこれは差別的なネーミングであります。
 そして2006年、「アイヌ生活実態調査」が行われます。これは北海道が主体で行われました。
 2007年には、「先住民族の権利に関する国際連合宣言」、これも非常にさまざまな議論がありまして、この宣言を出すまでに非常に時間がかかってしまい、10年単位かかっております。
 そして2008年、宣言が採択されたことを受けて、「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」というのが開催されました。この報告書は、次の2009年に出ておりまして、これはインターネット上から見ることが可能です。
 そして、戻りまして2008年、北海道大学アイヌ・先住民研究センターの「アイヌ民族生活実態調査」が行われております。こちらは北海道で行った調査よりも項目等が細かくなっておりまして、こちらも興味があれば、ぜひアイヌ・先住民研究センターのホームページからダウンロードすることが可能ですので、ご覧になっていただければと思います。
 そして2011年、「北海道外アイヌ生活実態調査作業部会」の報告書が出されております。
 今まで北海道に関しては、1972年、79年、86年、93年、99年、2006年の計6回、大体7年ぐらいごとに北海道が実施しておりました。昔は「北海道ウタリ生活実態調査」という名前だったんのですが、2006年から「アイヌ生活実態調査」という名前に変わっております。生活や行動の実態についての調査を行っております。
 この調査対象が、アイヌの人たちが居住する全市町村、72市町村であり、その結果、アイヌの人口は道内に2万3,782人とされております。ただ、大体2万4,000人ぐらいいるのだなと思ってしまうのは、まだちょっと早いのですね。この調査におけるアイヌの人口というのは、地域社会でアイヌの血を受け継いでいると思われる方、また婚姻、養子縁組等により、それらの方と同一の生計を営んでいる方について、各市町村が把握することができた人口でありまして、道内に居住するアイヌの人々の全数ではないのです。また、アイヌの血を受け継いでいると思われる場合であっても、御自身がアイヌであることを否定している場合、それは当然調査の対象外になっています。
 ですから、2006年の北海道が実施した調査では、各市町村が把握できなかった方々、アイヌであることを否定している(隠していらっしゃる)方々が当然もれております。
 ですから、私もよくアイヌって何人ぐらいいるのですか?と聞かれるのですが、残念ながら答えられないというのが答えになってしまうわけです。この調査では、約2万4,000となっておりますが、実際どのくらいいるかはわかりません、というのが答えですね。
 また、個々人に配布しているアンケート調査、この配布対象は北海道の23地区、300世帯を抽出し、かつ15歳以上の世帯となっておりますので、話を伺う方が限定されてきてしまう。すると、実態を反映してないのではないか、といった意見がずっと出ておりました。
 そこで、2008年にアイヌ・先住民研究センターの実態調査を行うことになります。こちらは、当時の北海道ウタリ協会とも協力して、大体2006年に比べて世帯数9.7倍、個人だと、約8倍になるという非常に広い調査を行いました。
 この調査対象は、協力いただきました北海道ウタリ協会の会員の方々、そして道内在住の元協会員の方々、またアイヌ民族であることが明確である方々、そういった方々にお願いして調査をさせていただきました。
 世帯調査数は、3,438件。そして回収された家族票が2,903票、個人票は5,703票が回収されたとなっております。
 内容としては、基本今までと同じですが、これまでの生活ですとか、現在の生活、現在の意識・考え、信仰と文化、将来などについても伺っております。
 結果ついて、一部ではありますが、簡単に見ていきたいと思います。
 まず、御自身をアイヌ民族として意識することはありますか、と伺った表です。縦軸が年齢で、意識の強弱が横軸になります。
 これを見ますと、全く意識しないという方は48%。そして、時々でもあっても意識するという方は52%、大体半々ということになります。これが年齢で見てみると、30歳未満の方ですと、常に意識しているという方は34%しかいないのです。そのかわり全く意識しないという方が66.8%、逆に70歳以上の方になりますと、常に意識しているという方が26.4%、全く意識しないが38.2%となっております。つまり、年齢が上がれば上がるほど、意識する割合が高くなり、年齢が若くなればなるほど余り意識しなくなると言えるかなと思います。これには文化の伝承などといった周囲の環境の変化が関係しているのではないかと考えられます。
 そして、次は年収について伺っております。
 これによればアイヌ民族における平均の年収というのが369万2,000円であるのに対し、北海道全体では440万6,000円、全国ですと566万8,000円となっています。明らかにアイヌ民族の方々というのは、収入において非常に不利な立場に立っているということになります。
 ただし、これもいろんな調査がありまして、厚生労働省の賃金構造基本統計調査では、全道の平均が403万円、全国の平均が470万と出ておりますので、これも統計のとり方で、多少の変化はあるのではないかと思っております。ですが、それにしてもアイヌ民族の方々の収入が少ないというのは言えるのかなと思います。
 次は、進学を断念したのはなぜかと聞いております。
 これは北海道の調査ですね。アイヌ民族は大学に進学する方々は17%、全国だと52%、という結果になっております。これもかなり有意に少ないのではないかなと思います。その理由を訪ねたところ、一番多いのは経済的な理由、そして2番目に多いのが就職する必要があったからです。つまり、どちらもお金の面でつらい部分があり、それで大学の進学をしなかったという結果になっていると思います。もちろん、全国でも経済的につらいという方は多々おられるわけですが、これは現在の経済だけではなく、仮に奨学金のような形、それを給付型ではなく貸与型のような奨学金だと、返すことができるかどうかが不安である、といった意識もあると思います。
 次は、アイヌ民族に関する施策のうち、あなたの考えに近いものはどれですかと伺っております。一番多い回答は、アイヌ民族に対して高校、大学進学や学力への支援を拡充してほしいという意見が回答率51%となっております。
 もう一つ、アイヌ民族への差別が起こらない人権尊重の社会をつくる、こちらも50.2%と、約半数が回答しております。ちなみに、これは5つまで選べます。
 皆さんへの配布資料の中に「人権の擁護」という法務省人権擁護局が出しているパンフレットがあります。こちらの18ページに「アイヌの人々」という項目がございます。ページ下部にグラフがあります。アイヌの人々について、どのような問題が起きていると思いますか、という質問はアイヌの方々ではなく、無作為に選んだ方々に伺っております。そうすると、一番多い回答が、独自の文化や伝統の保存、継承が図られていないことが29.4%、そして2番目が、差別的な言動をすることで12.9%です。アイヌ民族ではない方々もアイヌ文化の継承について問題だと感じていらっしゃることがわかります。
 ですが、アイヌ民族の立場から見ると、教育にぜひ力を入れてほしいという意見が多いと思います。文化に関しては、アイヌ語・アイヌ文化などを学校教育に取り入れる。その他、学校の教育でアイヌ文化をぜひやってほしいという意見があります。 
 ですので、教育問題の解決、人権尊重の社会をつくってほしい、どちらの意見も一つには学校教育、社会教育、家庭教育の問題としてとらえることができると思います。特に、人権尊重の社会をつくるですとか、支援をやってほしいというのは、当然これはアイヌの方々だけのお話ではなく、同時にマジョリティーである、大多数のいわゆる全国民に対してもやってほしいという意見というふうにとらえています。マジョリティーのほうの理解がなければ、なかなかそういったことは難しいのではないかと思います。
 さらに、もし教育が充実していくことになれば、例えば社会的、経済的な環境も変わっていく。アイヌの方々の環境が変わっていくのではないだろうかと。例えば教師や法学者、弁護士、お医者さんですとか、そういった方々がどんどん出てくるようになれば、こういった社会は実現に一歩近づくのではないかと思います。
 少し余談ですが、私、教育学の講師を少しやっておりますが、アイヌの先生っているのですか、と聞かれることがあります。ただ、残念ながら、これも私はわからないとしか言いようがないのです。もちろん、これは教師になるときにアイヌかどうかとは聞かない。昔は聞いたという話は少し聞きますが、少なくとも今は余り聞かない。先ほども少し出てきましたが、自分から言わなければわからないということになります。
 そして、2011年の「北海道外アイヌの生活実態調査」では、153世帯、210名から協力を得ています。これは、北海道新聞の朝刊、2010年の10月28日の切り抜きですが、「差別恐れ協力少なく」と書いてあります。つまりこの調査に協力することで、自分がアイヌ民族だとわかるという懸念があり、簡単な調査ではなかったという事情がありました。
 特に北海道、または東京、あるいはほかのところでもなるべくなら知られないでいたい、そういう方が多いと考えることができます。ちなみに、関東から約63.4%、そして中部から22%の回答がありました。逆に言えば、それ以外の地域からは残念ながら協力していただける人が少なかったわけです。
 ここで最初の質問に戻るのですが、皆さんにアイヌの方にお会いしたことがありますかと伺いました。これも正解は「わからない」ですね。もしかしたら皆さんがどの交通機関でで来られたかわからないですが、電車に乗られた方がいたら、電車の正面に座っている方、実はアイヌ民族のアイデンティティー持っているが、あえて言わないという人だったかもしれないですね。これがもしアメリカ人に会ったことがありますかと伺ったら、恐らく「あります」と答える方が多いのではないかなと思いますが、もちろんアメリカ人でも日系の方がいますから、見た目は日本人だけど、英語しか話せないという方は多々おります。さらに、アフリカの方に対しても同じですが、本人しかわからないということがあるということです。つまり、ここで申上げたいのはアイヌ民族の問題は決して北海道特有の地域問題ではないということです。
 次に行きます。
 アイヌ民族に関する学習ということで、人権をテーマにアイヌ民族をとらえると、高齢者や障害者、在日外国人などといったカテゴリーの一つとしてとらえられてしまっている、ないし差別されて生きている人たちだという認識が少し大きいと感じております。
 ただ、そうとは言い切れない点がございます。資料の下に「あなたと私は同じ」と書いておりますが、これはわかりやすいと思います。あなたと私は同じ人間じゃないか、同じ日本人じゃないか、ですから差別しないで、同じ権利を持っているでしょ、それがあなたと私は同じでしょという言い方になるかと思います。
 ですが、もう一点「あなたと私は違います」とも書きました。私はアイヌ民族です。あなたは違います。違いますと、もちろん拒絶するということではないのですが、そこは違いとして認めてほしい独自の文化があります。独自の歴史があります。もちろん、それを尊重してほしい。これがあなたと私は違うと書いた理由になります。やはり不当な抑圧というのは歴史的にあったわけで、また意図的なもの、ないしは無意識的なものも含まれますが、北海道内外で圧力もあったわけです。
 ですので、この人権のことを考えるときには、文化や歴史の問題も含めて、広く、大きくとらえる必要性、こういったことを背景としていることを理解していただければと思います。
 学校や博物館の学習、さきほどの博物館の例もございますが、伝統的な生活をしている、ないしは自然と調和して生きている、もちろんそうなのですが、それを非常に過度に強調し過ぎている展示になっているところは多々見受けられます。
 例えば、博物館だけでなく書籍でもいいのですが、一般に言われている部分で見ますと、「チセ」、家ですね。ああいったカヤぶきの家に住んで、シャケやシカなどをとり、クマの儀礼と言いますが、そのクマの霊送りを行って、なおかつ山に入れば必要以上の木の皮だとか、山菜などをとらない。争いを好まない。そういうふうに紹介されてしまう。
 もちろん、争いは好みませんし、必要以上にとらないのですが、逆にそれが強過ぎてしまうと、ものすごく妖精のような、自然に生きる人たちのようなイメージがどんどん強化されていってしまう。神格化してしまうような感じがします。
 ですから、最近ですと、エコロジーなどと結びつけて語る方もいらっしゃいます。自然を大切に生きるという考えは非常に大切だと思います。そして神様、「カムイ」と言いますけど、それが自然に宿っているという考え方、これは非常にすてきだと思います。ですが、ただ、それだけを強調していくと、今2011年に生きているアイヌ民族とどんどん乖離していってしまうのではないかと思われます。
 よく文化間教育や国際教育といったジャンルで語られるのですが、3つのFで民族を語ることが多いと言われています。
 3つのFというのは、一つはフード、食べ物、一つはファッション、着物、そしてフェスティバル、お祭り、民族のお祭り、民族の衣装、そして民族の食べ物、大体それらで語られてきたことが多い。もちろん、入り口としては興味を持ってほしいのですから、入り口としてはいいのですが、そこから先、どうしていったらいいかといことを考えていかなければならないと考えています。
 そして今、北海道における学習として、先ほどお配りした小学校向けの副読本と、中学校向けの副読本を配布して、アイヌの文化、アイヌの歴史について理解を深めてもらうという活動がなされてはきております。
 これを読んでみると、私自身も非常におもしろいなと思うのですが、このような副読本があるにも関わらず、アイヌについての授業を行った教師に対してアンケート調査を行ったところ、「あの先生は確かにアイヌについて詳しい、アイヌ民族の歴史や文化について詳しい。だけど、私はそうでもない。あの先生はすごい熱心だからできるけど、私はできない」といった意見が出てきます。また、「私はアイヌ文化については本当にちょっと博物館に行ったくらいしか知らない。だから、ちょっと教えられないな」といった意見、あとは教える時間がないという意見があります。これは学校の授業がちゃんと決まっているので、どこで教えていいか、特にそんな時間はない。教科書を全部やるだけで精いっぱいだ、という意見が出てきます。
 今、副読本としてお見せしているのは小学生用、中学校用ですので、高校段階のもっと突っ込んだアイヌ民族の歴史という副読本を作ってほしいなと思うのですが、高校のほうがもっとシビアです。入試に出ないからやらないというところが多いのです。または、アイヌの歴史はやっても点数にならない。出ない、出てもせいぜい小さい1個、だったらもっと徳川家の将軍でも覚えたほうがいい、となってしまっている。
 ただ、もちろんこの副読本を1ページ目から最後のページまで全部教えるとなると、確かに大変です。カリキュラム的にも厳しい部分があると思いますが、できそうなところ、例えば20〜30分ぐらい、ないしはもっと短くてもいい。一つ一つの歴史における単元で、少しずつ触れていくということはできるのではないだろうか。さらには博物館や社会教育施設との連携において、総合的な学習の時間を使ってやることは可能です。これは、すでにやっていらっしゃる方がいらっしゃいます。もし先生御自身があまりアイヌの文化に関する知識がなくても、専門家である学芸員の方に、生徒と一緒に勉強していこうじゃないか、そういうことはできると思います。
 千歳市の学校のカリキュラムの一部を抜いてきたものがあります。学習指導要領と対比していまして、体験学習の内容でアイヌ文化、アイヌの歴史に関してきちんとつくられている、しかも地域の支えが出てきております。つまり、地域におけるアイヌ民族の方々ですとか、詳しい方々を、この単元ではこの方、ここの単元ではこの方々に協力をお願いしようとカリキュラムを組めば、十分対応していけることがわかります。
 中本ムツ子さんというアイヌの文化や歴史を伝えておられる方がいらっしゃったのですが、この間、残念ながらお亡くなりになられました。また1人、伝えていける方がいなくなってしまったわけです。これは、あまりゆっくりしていられないことです。時間が経つにつれ、昔のことを御存じの方は減っていってしまいますので、前述のような学習をどんどん推し進めていくことが、必要だと感じております。
 また千歳の学校の事例ですが、千歳サケのふるさと館という博物館と協力して行なっている授業があります。やはり学校だけ、ないしは先生だけではなかなかでき得ない部分がありますが、博物館や社会教育施設等を使うことによって、アイヌに関するきちんとした授業を行うことができたようです。ちなみにこの事例は、2011年にクルーズという会社から発行された『チセのある学校』という本から出してきました。こちらの具体的な内容について詳しくお知りになりたい方がいらっしゃいましたら、ご覧になっていただければと思います。
 次は、本田先生から御報告いただけるはずであった「ウレ(シ)パ・プロジェクト」について少しご説明します。札幌大学の文化学部でやっているプロジェクトですが、アイヌ語で「ウレ(シ)パ」というのは、育て合うという意味があります。「ウ」と「レ(シ)パ」で分かれて、ここは細かいことですけど、「シー」は小さい「シ」です。siの発音ではなく、sの発音です。ここは日本語とは違うところです。
 この「ウレ(シ)パ・プロジェクト」は3本柱になっております。「ウレ(シ)パ奨学金制度」、「ウレ(シ)パ・カンパニー制度」、「ウレ(シ)パ・ムーブメント」の3つです。まず、奨学金制度なのですが、こちらはアイヌの若者たち、現在、6名の枠があるそうです。年間授業料と入学金に相当する額を給付することによって大学、つまり高等教育の機会を与えるものです。先ほど紹介した北海道が実施した調査によりますと、アイヌの若者の大学進学率というのは大体17%でした。これは北海道が出したとおり、北海道における進学率の半分になっております。これはアイヌ民族自体が総体的に経済的に困っている部分がある。そのために奨学金制度をつくったわけです。これによって大学進学に貢献することができるだろう、そういうことですね。
 そして、アイヌの若者の方々に対して、アイヌ文化教育というのを保障することによって、アイヌ民族の次世代を担う人を育成していくという考えがあります。ただし、この奨学生に選ばれた場合は、活動母体である「ウレ(シ)パ・クラブ」の活動を積極的に行なっていく義務を負います。しかし、奨学生は一体どのようになるのかといいますと、結構要件があります。まず当然アイヌ民族であること。アイヌ民族は先ほど申上げたように簡単に線引きできませんので、ここも難しいところではあるのですが、北海道アイヌ協会またはその他の何かしの実績のある文化保存会というのがあちこちにありますので、そういったところで認めてもらえるか、あるいは戸籍を使うか、大学の選考委員会がそれでわかるかどうかというのがまず一つの要件になっております。
 さらに加えて、さすがにだれでもいいというわけではなく、評定平均値ですとか、学力テストというのもあります。これは大学4年間ちゃんとやっていけるのかどうかというのを見るものだそうです。そして、先ほど申し上げたとおり、これに選ばれた場合は4年間、ちゃんとその成果を社会に向けて送信していくことが義務づけられているということになります。
 私がなかなかおもしろいなと思ったのは、「ウレ(シ)パ・カンパニー制度」。これは、このプロジェクトの意義を理解していただけてる会社、企業を募って、ともにアイヌの子供たちを育てていこうじゃないか、そういったものです。現在、20社以上にご賛同いただいているとうかがっております。「びっくりドンキー」というハンバーグ屋は御存じでしょうか。アレフという会社ですが、制度のメンバーになっております。ほかにはJR北海道やサッポロビールなど、北海道に縁のある企業の面々が出ております。奨学生はまだ卒業まで至っておりませんので、将来優秀な方々に関しては何かしらの動きが出ると思っております。今後、どうなっていくのか、ぜひ見ていきたいなと思っております。
 そして、3番目は「ウレ(シ)パ・ムーブメント」です。「ウレ(シ)パ・クラブ」ではアイヌ民族の学生だけではなく、社会や文化に関心を持つ多くの学生や留学生の方々も参加しております。大学内においてアイヌ文化がある、ないしはアイヌ民族がいるといったことが普通になっていく、日常化されていく中で、文化的に多様な社会を一緒に生きていく仲間としてパートナーシップを築いていきます。この流れを「ウレ(シ)パ・ムーブメント」と言っております。
 これは、一般の学生に対する逆差別にならないだろうか、といった意見が出てくるかと思います。いわゆるこれはアファーマティブ・アクションになるわけなのですが、しかしながら、この制度をやることによって、社会への貢献というのは非常に大きなものがあると思います。特にこれからいろんな文化、多様な価値観ですとか、文化が出てきている社会ですので、多様性に関して無視するわけにはいかないだろうと思います。もちろん、それを理解する学生を育てていくというのも大学の役目であり、これはもちろん札幌大学に限ったことではなく、どの大学でもそうだと思うのですが、やはり多様性のことに関してちゃんと理解があって、関心のある学生というのを育てていくことが高等教育の責任ではないかなと考えています。
 先ほど、アイヌ民族の大学進学率は17%という数字でしたが、完全に自由競争になった場合、経済力等でハンディーがあるアイヌ民族の方々というのは進学をあきらめざるを得ない現状が生まれる。むしろ、高等教育を支えていくという環境を整えることで、文化的に多様な社会というのを育てていく必要があるのではないかと思います。
 先日、台湾原住民、台湾は先住民じゃなくて原住民と言いますが、台湾原住民のお話を少し伺いました。台湾の人は、中国でも、アファーマティブ・アクション、つまり原住民であることが確認されれば、大学入試のときに点数が上がる措置がとられているようです。これも考えればわかりやすいと思いますが、都市部だったらいくらでも塾もあれば、本も手に入る環境です。ですが、原住民が住んでいるところだと、なかなかそうもいかない。すると、既にスタート地点が違うじゃないか、といった考えになるわけです。もちろん、台湾や中国は民族的に非常に多様なところですから、一部政策的な部分もあると思いますが、しかし、教育に関してそういった制度をとるというのは、今後も注目して行くべきと思っております。
 次は北海道外でのアイヌに関する学習についてです。ある教育委員会が15、6年前に発行した人権関連のパンフレットの中のアイヌ民族というところのイラストがあります。これは微妙に違和感があるイラストなのです。一番大きな違和感は、アイヌ民族の女性が少し紫も混じってますが真っ白な着物を着ている姿であります。アイヌの方々の昔の着物に関しては、真っ白というのはあまり見ないのです。あと、草履を履いているのですね。草履の文化はありませんでした。また、襟のところの模様ですが、このイラストは代表的な襟の模様を描いているわけではありません。私の知っている方がお祭りのときにアイヌの着物を着ますが、その方の着物は襟のところに模様がないのです。襟は魔よけの効果があり、襟の後ろはとげとげになっているために、魔物が入ってこられないという意味があります。襟の前のところにはなぜとげとげがないのかと聞いたところ、「ここ(前)はだって見えるじゃない、ここ(前)は目がついているんだから、悪いやつが入ってこようと思えばわかる、ここ(後ろ)はわからないから、ちゃんと(とげとげの)刺しゅうがしてあるんだ」とおっしゃっていました。ですから、地域差や家によっても模様は違うので、模様に関してはだいぶ多様であると考えていいと思います。
 次のイラストは「イクパスイ」というものを使って神様にお酒をあげたり、お供え物をしたりしている、というものです。これは、違和感では済まないですね。これはまずいイラストだと思います。この割りばしが問題なのです。割りばしって、これコンビニ弁当じゃあるまいしって思うのですが、写っています。当然、割りばしなわけがないのです。本来であれば、彫刻をした1本のへらみたいなものなのです。「奉酒箸」とか「奉酒べら」とか言われたりしますが、アイヌ語だと「イクパスイ」と言います。これを使うのです。これで儀式のときに供えながらやると、人間の言葉で足りないところを補ってくれる、そして神のほうに伝えてくれる、そういった役割を持っているので、割りばしにはそんな力は全くないわけですね。ちなみに今のイラストなのですが、もう既にある先生が抗議をなさっていますので、今は改善されていると思います。
 今、なぜこんなことを出してきたかと申しますと、一つは、アイヌ文化のことを正しく理解しようとしていない、と考えることできます。イラストを描いた方もそうですし、教育委員会の方々、チェックしたと思われる方々がアイヌ文化を理解していなかった。とんでもないじゃないか、と言うのは簡単なのですね、実際とんでもないことですから。ただ、それだけではなくて、同時に少し考えてみると、これだけ研究者の方々、人類学者もいますし、言語学者という研究者がたくさんいる、そして、アイヌ民族の団体だって、北海道アイヌ協会、昔はウタリ協会でしたが、そういったものがいくつもあった。そのような状況の中で、アイヌ文化を正しく伝えきれていなかった。北海道内においては、先ほどの副読本ですとか、あとは学校の授業で少しは触れる、ないしは新聞にも出てきますし、あとそもそも地名が、アイヌ語の地名がほとんどですから、アイヌ文化はよく知らないけど、知らなくはない、そんな認識ではあるのですね。ですが、関東のほうまで行ってしまうと、全く知らないというところがほとんどになってしまう。先ほどお見せしたある教育委員会も同じくです。パンフレットや商業施設などで割とよく使われるアイヌ語が「レラ」です。「レラ」は風という意味です。やはり語感がいいのと風ってすてきではないかという意識で、名前をつけるとも思うのですが、アイヌ民族の考え方では風はそんなにすてきなものではないようです。
 あと、共通した理解と勘違いされがちなのですが、虹もアイヌの文化の中では、あまりいいものではないのです。あれはどちらかというと、よくないほうになります。ですので、虹がきれいなのはまやかしであると考えていると思いますが、そのような文化の違いがあったりするわけです。
 ただ、それを、先ほど申し上げたとおり、研究者の方々ですとか、アイヌ民族の諸団体といったものがなかなか伝えてこなかった。この神戸会場まで来てしまうと、とてもつらいところがあると思います。
 では、どういったことが必要になるのかと申しますと、アイヌ文化のことを理解しようとしている人たちが必要になります。アイヌ文化にどんどん寄り添おうとしている人たちですね。そういった人たちをつくっていく努力が必要になってくると思います。
 今映しているのは、「メノコイタ」と言いまして、まな板とボウルがセットになったものです。右側のまな板で物を刻んで、左側のボールに入れる、そういったもので、北海道へ行けば工芸品として売っているものです。あちこちで売られているとは言いませんが、平取、白老、あとは新ひだかのほうへ行けば売っております。
 ただ、これは今申し上げたとおり、まな板とボウルがくっついたものであるのですが、やはり美術的な工芸品なわけです。これは料理なさる方ならすぐわかると思いますが、ご家庭でお使いになっているまな板に装飾された溝なんかないですよね。溝があったら、いろいろなものが入り込んでしまって、においがつく可能性があります。これは本当に見事なアイヌの彫刻がなされています。では、本来、アイヌの方々が使用される「メノコイタ」はどうだったのかといいいますと、当然模様は何もされていません。 
 ですが、これはどちらもアイヌの文化です。
 ただ、こっち(装飾のされたメノコイタ)はどちらかというと装飾を楽しむもので、実際に使うのでしたらこっち(装飾のないメノコイタ)のほうになってくる、それがちゃんと理解できるかどうか、そういった人たちを増やしていきたいと思います。
 北海道外の学習について戻りますが、今週末、宇都宮大学の生涯学習教育研究センターでアイヌ文化の展示をやっております。これは学生にも協力を得てやっておりますので、毎年並べ方を変え、工夫された展示になっております。
 ここに並んでいるものには、古いものもありますが、最近つくったものもあります。この展示で非常におもしろいことは、さわっていいんです。私は博物館好きですが、さわれるところはあまりないと思います。手ざわりですとか、彫刻がどうなっているかなと、さわってみたいとは思うのですが、大体ガラスの向こうに資料で置かれてしまっている。
 ですが、その展示では中古車なら買えるぐらい高いものも、どんどんさわったり、見たりすることができます。そうやってアイヌの文化にどんどん触れていってほしい、こういった意図があるわけです。
 この写真の奥のほうに見えるお盆、これも最近つくったものから、昔のものまで各種取りそろえてあります。あと、手にとってさわれるところといいますと、北海道でしたら、サッポロピ(リ)カコタンというところがあります。そこは複製品がほとんどですので、手にとって見ることができます。
 こちらも先ほどの副読本の巻末に載っておりますが、北海道以外でアイヌの文化に触れられるところは結構あるのです。この神戸近辺から並べてみたのですが、国立民族学博物館(民博)、そしてリバティおおさか(大阪人権博物館)、天理大学附属の天理参考館というところにも結構あります。さらに松浦武四郎記念館、あとは東京国立博物館、八重洲にあるアイヌ文化交流センター、そして早稲田大学には土佐林コレクションもあります。あと国立歴史民俗博物館(歴博)、ですから少なくとも関東と関西であれば見るところがあるということになります。また、12月6日まで民博で特別展やってますので、ぜひお暇のある方は見ていただけるとおもしろいかなと思います。
 ですので、アイヌの文化に触れることというのは、ちょっと出かければ、わざわざ北海道まで行かなくても、実はあちこちに存在しているということが言えます。北海道はどういったところがあるか、北海道平取町の萱野茂さんの息子さんである萱野志朗さんがおやりになっている「FMピパウシ」というコミュニティーFMがあります。それはもちろんコミュニティーFMなので、北海道、しかも平取町のかなり萱野さんのお近くまで行かないと聞けないのですが、神戸の「FMわぃわぃ」というところで、同じ放送が行われています。中はアイヌ語講座ですとか、アイヌの話ですとか、そういったものが中心になっております。
 今ちょうどインターネットが普及しておりますので、インターネットラジオですとか、あとは録音したものをダウンロードすることも可能なわけですから、北海道まで行かなければ見られない、触れられない、聴けない、ということはないのです。ですので、それを活用していけば、仮に手元に何もないという状況でも、触れることは可能であるということが言えると思います。
 今まで人権が何だという話は、恐らくほかの先生方、ないしは本でもいくらでも書いてあると思うので、あまり触れてはこなかったのですが、「正しい」かどうかを判断すること、これはやっぱり人によって何が「正しい」かを判断するのは難しい。触れ合っていく中で、何が「正しい」かというのを判断できるようになっていく、判断できる力を養っていく、それが人権感覚の根本になっていくのかなと考えています。
 当然、アイヌ民族の人権に関しては敏感である、ないしはもっと違うところで、例えば高齢者の人権に関してはよくわかるけども、アイヌのことはよくわかんないよということは、それはバランス的におかしい。バランス的には人権がいくつもある、中身はいくつもありますけど、これはわかるけど、あれはわからないということは、やっぱり違うかなと思います。そういう点は、正しいかどうかの判断になってくると考えています。
 先ほどご説明しました、アイヌの方々が声を上げて、「アイヌ新法(案)」というのを出したのが1984年、そして法律ができたのが97年、いろいろなことがばたばたと動き出したのがつい最近ということになります。ですので、なかなか一朝一夕に改善はされていかないのです。
 ただ、やっぱりいかに良心的な、理解のある、理解しようとする、もっと言うならアイヌの文化っていいよね、というような、そういうオーディエンスをいかに育てていくのか、ということが必要になってくるかなと思います。
 北海道だけの地域問題でなく、日本全体の問題としてとらえる。アイヌの問題を話すとなると、関東でも、関西でも、どこでも、北海道以外になってしまうと、なかなか身近な問題としては取り上げていただけないことが多々あります。
 ただ、先ほど調査結果の話をしましたが、実は隣にいるかもしれない。
 ですので、北海道だけの問題ではない。さっき申し上げた歴史的な話をするのであれば、日本という国ができてからのこと、国ができたのはいつごろかという話になると、議論になりそうですが、開拓使やその当時の北海道庁だけがいじめていたわけじゃなく、ないしは北海道の商人だけがいじめていたわけではないですね。やっぱり日本の問題としてとらえていく必要があると思います。
 アイヌ民族は交易な民という部分が結構大きいので、北のほうへ行きますと、サハリンのほうからずっとぐるっと回って、黒竜江のほうまで行ったことも確認されているようですし、また当然南の方向、北周りということなのですが、そういった交易というのをやっていたわけです。ですので、やっぱり北海道だけ、ないしは北海道、千島、樺太以外は、余り関係ないということはやはりないのではないかと思います。
 
(補足説明)
 私は、やはり仕事の関係でよくアイヌの方々がいるところへ行って、一緒に何か参加することがあるのですが、例えばアイヌの方々は踊りが好きだとおっしゃいます。あれもはたから見ていると、踊っているね、なのですが、例えば飲み会のとき、みんなで踊るぞと言われまして、半強制的に参加させられるということがあったりいたします。
 ただ、これはやはり参加してみると、楽しいのです。楽しくなった場合、そこにいる方々というのは、やはり仲間ではないのかなと考える。そうすると、この人たちがつらい思いをしないようにするにはどうしたらいいのだろうと考えていくことになる。ですから、やはり何かしら触れるようにしていくと、そういった感覚というのが出てくるのかなと思っています。
 また、あまり話せなかった言語について、今、話者の人はどのくらいいるのですかと聞かれたりしますが、ユネスコの調査ですと、15名と言われております。私といたしましては、あくまでも感覚的ですが、15名もいるのかなという感じです。むしろOKIさんがおっしゃったみたいに、研究者が残した本ですとか、あとは録音ですとか、それを使って学んでいるという方が多いですから、むしろ関東の大学の先生のほうが、アイヌ語に詳しいということが多々起きています。
 ただ、先ほど少しお名前を出しました中本ムツ子さんは、最初はアイヌなんかと思っていたらしいのですが、あるとき、やはり自分が伝えていかなきゃいけないんだと気づいて、そこから積極的にさまざまなところでアイヌの話をされたり、アイヌ語についての勉強をされたりなど、活動をなさっていた方です。
 ですから、何がきっかけになるのかわかりませんが、すごいアイヌ語について詳しく、思っている、ないしはちゃんと祖父母から受け継いでいることがあったという人が普通に出てこられるような世の中をつくっていく必要があると感じております。
 発表を聞いていておわかりになったかと思うのですが、私は専門が博物館の教育をやっているものですから、それもあって博物館の話が多いのです。最近ですと、博物館においても博物館に展示されているものというのは、一体だれが展示すべきなのかという話が出てくるのです。
 少し戻りますが、財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構が主催の特別展なのですが、大体毎年北海道で1会場、その他北海道以外で1から2会場開催しております。その中で、現代のアイヌの方々の工芸作品を展示する活動もしております。そういったものを見れば、まだまだアイヌ文化というのはちゃんと息づいているということが見えてくるのではないかと思います。以前は沖縄や東京、埼玉で開催したり、九州でも開催したり、さまざまなところで紹介はしています。ですが、会場に来ている方々に話を伺えるとおもしろいのではないかなと思うのですが、恐らく何か北海道のほうではこんな文化あるよねぐらいの認識になってしまうのかなと思います。やはりそうではなく、例えば琉球、沖縄出身の芸能人の方々って多々おられると思いますが、それをもって沖縄に関しては何か身近に感じている。
 ですが、アイヌの方々に関しては身近に感じられないというのは、これは何かバランスがおかしいのではないかと、ではアイヌの方々からタレントは出ていないのかといったら、最初に宇梶さんが出ていましたね。宇梶さんもそうですし、他にも何人かはいらっしゃるのですが、そういった方々が今後どんどん出てくれば、やはり違ってくるのかなと、もちろんタレントだけではなく、特に教師に関してはぜひ出てきてほしいと言われることが多いです。アイヌの文化について自分の中に持っているような人で、かつ日本の歴史、それはアイヌも含めて、北方の歴史も含めてきちんと教えられるような人たちというのが出てくるといいなと聞くのですが、なかなかそこまでいかないわけです。
 今後、先ほどの「ウレ(シ)パ・プロジェクト」のような形で支援していく、そういった取り組みが北海道だけではなく、もちろん四国の私立大学でもやっているところもあります。そういった取り組み、もちろんアイヌだけではなくて、マイノリティーの方々に対する支援というのは続けていく必要があると感じております。