人権に関するデータベース
研修講義資料
「高齢者と人権 -高齢者虐待の防止と支援を中心に-」
- 著者
- 梶川 義人
- 寄稿日(掲載日)
- 2014/02/04
日本高齢者虐待防止センターは1992年に主に大学の教員や老人福祉施設の職員などを中心に作られた民間の団体で、高齢者虐待の問題については日本で最も古くから活動している団体です。つい先頃これを解散し、現在は児童虐待、障害者虐待、高齢者虐待、ドメスティックバイオレンスといった、人が人を虐げるということについて分野横断的に取り組む民間の団体を作ろうということで、その開設の準備を私が中心に行っているところです。日本高齢者虐待防止センターは、日本で初めて全国規模の在宅の高齢者虐待の調査を行ったり、平成18年4月1日に施行された高齢者虐待防止法の策定過程に深く関わったりしてきました。また、日本高齢者虐待防止学会という高齢者虐待を専門に扱っている学会がありますが、こちらの方にも創設当時から関わってきています。
本日はそうした活動で私が得た経験を皆さまに共有していただこうと思います。私のお話は大きく分けて2つです。1つは高齢者虐待とは何か。特に人権の問題と絡めて高齢者虐待とはどんなことなのかということをまずご理解いただきたいと思います。もう1つは、それでは高齢者の人権侵害の問題である高齢者虐待について、私たちは何をどうすればいいのか。この2つのことについて、ある程度みなさま方に指針のようなものをお持ちいただけるように、ということで進めていきたいと思います。
◆ホットな心とクールな頭
「介護や世話の極意はホットな心とクールな頭」と考えております。高齢者虐待とか人権とかとあまり関係がないような言葉に見えるかもしれませんが、いきなり「高齢者の人権」だとか、「高齢者の虐待」ということではなく、一般的に言って、高齢の方々と私たちが関わる、あるいはお世話をする、介護をする、そういう時にどういう立脚点、立場から接するのがいいのか、そのあたりの一般的なお話から始めたいと思います。
このホットな心というのは、お年寄りの思いを共感する、暖かい心ということです。お世話をしたり介護をしたりするということになると、かなり熱意というものが必要で、そういう熱い気持ちが大切だということです。感性というものが必要なのです。
クールな頭というのは冷静沈着に、物事を客観的に、合理的に判断をして進めていくということです。一方でこういうクールな知性が必要です。
この両方がバランスされていないと、介護や人のお世話というのは長続きするものではありません。これはよく言われることなのですが、実際に皆がそれを簡単にできるのかというと、意外になかなかできないのです。逆にクールな心とホットな頭というようなことになってしまいます。無自覚にそうなってしまうのです。これがすべての問題のベースです。「あなたそれはやっていけないでしょ」「え?何が?」というような話によくなります。実際に高齢者への虐待者のうちの6割から7割が無自覚です。相当ひどい虐待をしていても、「何がいけないんだろう、何が駄目なの」と無自覚なことが多いのです。介護に関わる人は、いとも簡単にクールな心とホットな頭になってしまうのです。
◆何にとらわれてしまうのか
高齢者虐待のような究極のひどい仕打ちをする時、私たちはどんなことにとらわれているのでしょうか。まず1番目に文化(家制度、家父長制、ジェンダー、差別など)です。私たちは文化のただ中で生きていますのであまり自覚していませんが、やはりそういうものに強くとらわれて色々なことを「それはそういうものなんだ」というふうに、当たり前のことのように決めつけています。もちろん文化を大切にしなければいけないというのは一方でありますが、文化に拠って立っていることによって、とんでもないことをしていても全く無自覚になってしまうという部分があるのです。
さきほど控室で、この研修会の他の先生がお書きになったもの(福岡会場講義1「人権啓発研修等でのワークショップの必要性と危険性」廣瀬隆人)を拝見したところ、私が言わんとすることを書かれていましたので紹介します。「ステレオタイプと偏見――住民の方から次の声を寄せられたら、あなたはきちんと説明できますか?しっかり反論できますか?」とあります。私ならできなくて、「そんな難しいこと言うな」と怒りたくなるような意見例がたくさん並べられています。私の言う「文化」も、こういうステレオタイプを数多く生んでいるわけです。例えばアジフライにソースをかけるか醤油をかけというのは一つの食文化ですから人それぞれですが、ついつい、自分がしているように人もするのが当然であるように考えてしまいます。「え?なんでおまえソースかけて食ってんの?気持ち悪い」というように。「そういうふうにあるべきだ」と思い込んでいると、皆も「そういうふうにしなければならない」と考えてしまいます。
よくあるのが「男はこう、女はこう」という思い込みです。ジェンダーといわれる領域です。これに強くとらわれていると、どんなに人が理不尽に困っていても「そんなのは当たり前だ」などと言ったりします。私が老人福祉の分野に飛び込んだのは30年以上前ですが、その当時は「嫁が介護をするのなんて当たり前だ。それの何がおかしいんだ」とよく言われました。どんなに大変だろうが、介護は嫁がやるものだと。今から30年前、高齢者の介護の問題はほとんど社会問題化していませんでした。要介護状態の人がそれほど多くなかったからです。この30年の間に急増して今では大変だということになっています。当時は皆さんそれほど長生きもしませんでしたから、要介護状態でいるのはとてもイレギュラーなことでした。その30年以上前のおじいさんたちが「嫁がやるべきだ」「昔からそうだ」などと言っていたのです。私もびっくりしましたが、30年前では、東京都内の福祉の最も進んでいると言われているところですら、ショートステイ、短期のお泊りサービスの施設を作る使うと言うと、町の有力者による反対があったのです。「今は社会的なサービスとして介護を受けるのは当たり前で、そうでないと家族の人も倒れてしまいますから、何とかご理解ください」と訴えました。しかし、地域住民が納得しても、今度は親族の中の長老のような人に説明しなければなりませんでした。「お嫁さんがなまけているわけでも何でもなくて、社会的にこういうことになっていて、ショートステイというのは別にうば捨て山みたいなことでは決してないですから御理解ください」と。私は何度もそういうことをやりました。たかだか30年ぐらい前のことです。
それから2番目には制度やサービスについての不知・誤解等があります。日本の高齢者に関する制度は、平成12年から介護保険という制度にガラッと切り替わりました。ところが未だにお年寄りの方で介護保険の制度を存在すら知らない人というのが相当数いるのです。知らないということになりますと、結局のところ、誰かに無用の負担を負わせるということになります。先ほどの「介護なんてのは家族で娘か嫁がやるもんだ」という意識にもつながっていきます。
私が「制度やサービスに対するスティグマ」と言っているのは、特に「福祉」という名前がついているものに日本人はアレルギーがあり「社会の落ご者イコール社会福祉」という非常に強いイメージを持っているということです。本来ならサービスを受けてもらえれば何の問題もないはずなのに、それを受けないでいる人がいます。そうすると誰かが理不尽に割りを食わなければならなくなってしまいます。
それから3番目には人間関係です。例えば強い者と弱い者がずっと固定した関係でいると、強い人は無自覚のうちに弱い者を支配するようになってきます。それはエスカレートして最終的には言葉や暴力につながりやすいのです。また、よく介護の現場で言われることなのですが、「無報酬の依存関係」という問題があります。依存関係というのは誰かが誰かにおんぶに抱っこになるということです。まさに介護をする側、される側の関係に発生しがちですが、ここで無報酬というのは、金品のことだけではなく、たとえば「ありがとうね」という言葉の報酬も含まれます。そういうものもないということになると、人というものは、良い人か悪い人かに関係なく、あるいは頭がいい悪いに関係なく「お前が私にこんなにおんぶに抱っこだから、私は辛くてしょうがない」というように攻撃的になってしまうことがあるのです。報酬が少ない状態で介護をする側とされる側をずっと放置しておけば、介護する側は介護をされる側に対して攻撃的なりがちです。
「体験の転移」ということも、虐待の事例でよく見かけられます。過去にあった色々なことが、現在に移し替えられてしまう。簡単にいえば、親から虐待されて育った子どもが大人になって力の逆転が起こって親に仕返しをする。あるいは夫婦の間ですと、現役時に旦那さんが奥さんのことをさんざんひどい目に合わせていたのが、引退後は男性の方がどちらかというと早く要介護状態になりやすいので、奥さんが介護者になって力の逆転が起こって同じように仕返しをする。そういう人たちは、過去にひどい目にあったことを非常に強く思っているので、今現在の相手のことはあまり見ていないのです。脳梗塞等では顔が麻痺するような症状が出てくるのですが、奥さんが「梶川さん見て。主人がああやってせせら笑ってるでしょ」などと言ったりします。麻痺しているからそう見えるだけで奥さんのことせせら笑ってるわけではありません。それなのに、「旦那はね、私の学歴が低いってね、もう昔から言ってるのよ」などと言うわけです。そのように、力の逆転が起きたときに過去のことにとらわれてしまって現在の夫のことを見ない。私はそういう事例が案外多いということを知っております。
意外に多いのが八つ当たりです。ある御夫婦は、旦那さんが奥さんに対して非常にぞんざいなひどい扱いをしていた。奥さんは旦那さんにやり返すことができないので、何をやったかというと旦那さんのいない時に旦那さんのお母さんをいじめていたのです。それが周りからは、あそこの嫁さんは、高齢者虐待しているというふうに見えるわけです。このような人間関係にとらわれていると、それはホットな心とクールな頭なんていうわけにはいかなくなってきます。
それから自分自身に心身の健康問題がありますと、そっちをなんとかするのが最優先になりますから、お年寄りの立場に立つことは難しくなります。心身の健康問題でもとりわけ話題になりやすいのがアルコールやギャンブルへのアディクション(依存症)の問題です。
「生活資源」というのは簡単にいえばお金や物資です。お金はあればあったで取りたくなるし、なければないで面倒をみるのは嫌だということになってしまいます。お金のことにも、強くとらわれていればお年寄りに温かな心をなどということは通じなくなります。
大雑把にお話を申し上げましたが、こういう文化、制度・サービス、人間関係、健康の問題、お金や物、つまりわれわれ人間が暮らしているありとあらゆる生活領域ということになりますが、随所に「とらわれてしまいやすい要素」が転がっているわけです。もちろん事例ごとに見れば、どの部分にどのように強くとらわれているかということはそれぞれケースバイケースですが、たいていの事例ではこの中の複数の要素にがんじがらめに、まるで鎖でつながれたようにとらわれており、それが人権侵害や虐待につながっています。しかも多くの場合は無自覚です。
虐待あるいは人権侵害の問題の底流には今申し上げたようなことがあります。人権侵害は、因果関係がリニアに一直線になっているわけではなく、複雑に色々な要素が絡んでおり、発生の仕組みは説明しにくいとよく言われますが、このような意味で、誰にでも虐待者、人権侵害者になる可能性は秘められていると思います。
◆高齢者虐待とは何か
様々なことにとらわれてしまっていて、お年寄りの立場に立てなくなっている状態ですと、手加減というのができなくなり、どんなひどい仕打ちでも平気でできてしまうという現象が起きてきます。平成18年の4月1日から我が国では高齢者虐待防止法という法律が施行されることになり、それに先立つ平成4年に私どもの虐待防止センターが作られましたが、高齢者虐待という言葉は法律ができる前からあったわけです。昭和61年に、当時私どものNPO法人の副理事長をしておりました金子善彦先生が『老人虐待』というタイトルの本をお書きになりました。これが日本で公式に「老人虐待」、「高齢者虐待」という言葉が使われた最初だと言われています。ところが、高齢者虐待の問題は更にそれ以前に実は太古の昔からあるにはあったと言われています。太古の昔からあった、まさに古くて新しい問題なのです。
テキストに「高齢者虐待⊂高齢者の基本的人権(尊厳)の侵害」と書いております。「高齢者の基本的人権(尊厳)の侵害」という広い定義の中に「高齢者虐待」が含まれているということです。「含まれている」の意味ですが、もともと人権問題では非常に幅広いものを扱っており、曖昧さを含んでいますが、その中から後ほど御紹介する5つの行為類型を定義して抜き出したものが高齢者虐待だと考えればいいと思います。基本的人権については、ここでは生存権、社会権、経済権、文化権、市民権、環境権、信仰権の7つを挙げておきます。高齢者の尊厳を守るという言い方も、高齢者の基本的人権を守るということと同じような意味で使われています。
高齢者虐待防止法ではもっと具体的に定義をしています。対象は65歳以上の者と明記しています。ちなみに老人福祉法という高齢者の方の基本法の方では、実は老人とは何歳以上と規定していません。高齢者虐待防止法ではより具体的でないと困るということで65歳以上としています。では64歳と10か月だったらどうなのかということになりますが、厳密に法律を適用しようとすれば適用外ということになります。とはいえ実務上そういう杓子定規なことを言っていると救済ができなくなりますので、多くの市町村では高齢者虐待への対応を定めたマニュアルを策定しており、この定義に当てはまらない場合の対応も定めていることが多いです。
虐待者については、高齢者虐待防止法では2種類に分けています(行為者類型)。1つは「養護者」で、現にお年寄りの世話に当たっている人々です。多くの場合は家族や親族ですが、近隣に住んでいて、なにくれとなく面倒を見てくれる人だとか、そういうような人たちのことを指します。
もう1つが「要介護施設従事者」で、法律(老人福祉法と介護保険法)で定められた介護サービスを提供している人たちです。
どういうことをすると虐待だといわれるかというと、5つの行為類型があります。
イ 身体的虐待。身体に外傷が生じる、あるいは生じさせる怖れがある暴行、それから不当な身体拘束も含まれます。この「不当な」とはどういうことでしょうか。平成13年に厚生労働省から介護の現場では原則この身体拘束は禁止する考え方が出されています。原則ということは例外があるのかということですが、「非代替性」と言いますが、身体拘束以外の方法をもっては自傷の危険等が防ぎ切れない、やむを得ない緊急事態の場合です。その場合でも身体拘束をずっとしっ放しではなく、一時的な措置でなければなりませんし、ちゃんと家族や本人に、その身体拘束をする介護サービスの事業所が事業所全体の合意としてそういうことを決めたというインフォームドコンセントの説明をする必要があります。これらを守っていないものを「不当な」身体拘束と呼びます。
ロ 介護等の放棄放任。衰弱させるような減食又は長時間の放置等。通称ネグレクトと呼ばれるものです。これがかなりやっかいな考え方で、実は夫婦であっても日本の法律上介護の義務を課している条文は一文もありません。つまり、家族に介護の義務はないとするのが一般的な考え方です。ではどうして行為類型にこれが入っているかというと、最もわかりやすいのが刑法でいうところの保護責任者遺棄と呼ばれている考え方です。家族に介護の義務はないとしても、当該のお年寄りに介護が必要だということは外部の人からはわからないけれども家族ならば知っているはずであり、その時点であなたは保護者ですよということです。例えば認知症で御飯を食べることの意味もわからなくなっている、大小便垂れ流しの状態でも何もしないで着衣も変えない、そうしたら衛生が保たれなくなるのはわかるわけですから、それを放ったらかしておくことは、ネグレクトと呼ばれるわけです。義務があるのを怠っているということではありません。これを誤解される方がおられます。高齢者虐待防止法ができて間もない頃の話です。87歳のお婆さんが97歳の認知症のお爺さんを介護しているケースでしたが、老老介護ですから当然行き届かないところがあるわけです。その行き届かないことを、あるケアマネージャーが、「お婆ちゃんね、ちゃんと介護しないと高齢者虐待防止法で介護放棄になるのよ」と言ったのです。そうしたらお婆さんはその晩にお爺さんの首を絞めてしまいました。つまり、もうやっていられないわけです。87歳で完璧な介護をこなせと言われてもできません。それなのに介護放棄で高齢者虐待になると言われたので、もう駄目だと絶望してしまったのです。これはケアマネージャーさんが悪いのです。介護放棄が保護責任者遺棄に近い概念だということを理解しないで、そういうことを言ったために悲惨な結果になってしまいました。家族介護者の方々に無用の負担を負わせないようにするために、このあたりはきちんと理解しておかないといけないところです。わざわざお話申し上げているのはそういう意味があります。
ちなみに、どこの地域でもよく見かけられるのですが、自分で自分を見殺しにするような人がいます。お年寄りの一人暮らしの家が、犬屋敷とか猫屋敷とかゴミ屋敷と呼ばれる状態で、近隣住民から役所にたくさんクレームの電話が入っていたりします。このような状態はセルフネグレクトと呼ばれます。セルフネグレクトについては、実はなかなか難しいところがあります。例えば精神障害があるとか、認知症を患っている、それによってそうなんだということであれば、それぞれに対応の仕様があるのですが、あくまでも自分の意思だと言ってやっている人の場合はなかなか難しいのです。そのため、高齢者虐待の問題について最も進んでいるのはアメリカだと言われていますが、半分ぐらいの州がセルフネグレクトを高齢者虐待の1種類に含めています。ても、逆にもう半分の州は含めていません。難しいのですがこうしたセルフネグレクトの問題は今後急増していくだろうと言われています。
ハ 精神的虐待。著しい心理的外傷を与えるような言動。家族ですから、お互いにボルテージが上がってひどいことを言ったりするかもしれませんけど、それが一方的になり、しかも長期間にわたるということになると精神的虐待ということになります。言葉だけではありません。私の知っている事例では、冷蔵庫に「穀潰し、早く死ね」などという殴り書きがしてあるというようなケースもありました。当人に聞くと、「私は、ひどいことは一言も言っていません」などと言います。言葉で言わなくても心理的に傷を与えるようなことをすれば、それは精神的虐待になります。
ニ 性的な虐待。これはわいせつな行為を「する」だけでなく「させる」ことも含まれます。今はさすがにそういうことはなくなってきましたけども、老人ホームなどで他の利用者の方がおむつ交換の様子を見ることがないような配慮を怠っているケースがあります。これは、わいせつなことを「させる」という行為に当たります。単にお年寄りに対してわいせつな行為をしかけるということだけがわいせつな行為というわけではありません。実は養護者によるよりも従事者による虐待のなかでこのケースが件数として多いです。
ホ 経済的虐待。財産を不当に処分する等、不当に財産上の利益を得ることです。この不当か不当でないかというのがなかなか難しい。特にちょっと軽度の認知症だとか、もともと物忘れがあるような方だと、「あげる」と言ってみたり「取られた」と言ってみたりなかなか定まらないということもあります。
以上、イ・ロ・ハ・ニ・ホ、が高齢者の虐待の行為類型です。さきほど申し上げた7つの人権というのがあって、それが侵害されているというのが高齢者の人権の侵害ですが、そのなかの具体的な5つの行為類型を定義して、高齢者の虐待として禁止し、あるいは防いでいくための対策をとろうとしているわけです。
◆様々な事例について
ピンとこない方もいらっしゃるといけませんから、少し考えていただきます。テキストの185ページに「それぞれの事例にはどの種類の虐待が含まれていると思われますか?」とあります。事例1から5まであります(本文末に掲載)。これをちょっと斜めにお読みいただいて、今さきほどご紹介した5つの虐待の種類のうちのどれがそれぞれの事例に含まれているか、考えてみてください。お隣同士でお話し合いをしていただいても結構です。
(約3分)
これをやっていただいているのには3つの目的があります。1つは、虐待か虐待でないかについてどのように判断をするかを考えていただくことです。一番合理的なやり方は、弁護士さん等がおやりになる方法です。それぞれの事例について、弁護士さんはさきほどご紹介した、対象者が65歳かどうか、行為者が養護者、あるいは従事者かどうか、行為類型のどれかに当てはまるかどうか、それで総合判定として虐待といえるとか、というように、客観的事実と条文をきちんと照らし合わせて判断します。市町村の方はそういうふうにした方がよろしいですね。法律上責任主体となっていますので、虐待か虐待でないか最終判断を下される場合はそのようにする必要があります。しかし、例えば民生委員・児童委員の方とか地域住民の方だとかの場合は、高齢者虐待防止法では、高齢者虐待が疑われたら、証拠などはなくても単に疑いの段階で結構なので早めに地域包括支援センターや市町村の高齢者虐待の相談窓口に連絡をしてください、ということになっています。
事例1。これはネグレクトが最も疑われる典型例です。食事が菓子パンとミカンだけとか、冷蔵庫に干からびたものしか入っていないとか。冷暖房はお金がかかるからお年寄りが操作できないようにしてしまっているということもよくあります。医療の制限もあります。必要な医療を制限するのもネグレクトの1つだといわれています。保護責任者としての責務を果たしていないということです。具合が悪くて病院に行きたいと言っているならば病院に行かせるくらいのことはしなければいけません。それをどうして勝手に制限しているんですか、という考え方です。「最近痩せが目立ってきた」とあります。詳しくはBMIが何か月でどのぐらい下がった等細かく調べるのですが、大雑把にいえば今申し上げたようなことで判断して結構ということです。
事例2。これは顔面に青アザ、痛みの訴え等々があり、本人も長男に乱暴されたと言っているので身体的虐待がかなり疑われます。また、ちょっと見落としやすいのですが、その後栄養失調になったとありますので、つまり栄養が十分に行き届いていなかったということなので、ネグレクトのケースである可能性もあります。
事例3。本人の意思によって開けることができないところに鍵をかけて閉じ込めてしまうという事例です。これは身体拘束の1つの種類といわれておりますので、身体虐待が考えられます。ただしこれには1つ議論があります。部屋に閉じ込めてしまうのは身体的虐待・暴行であるという考え方と、閉じ込められるのは心理的ダメージが大きいのでむしろ精神的虐待であるという考え方があるのです。ちなみに障害者虐防止法が昨年10月1日から施行されておりますが、そちらの条文では不当な身体拘束は原則身体的虐待に当たるとされていますが高齢者虐待防止法ではそうではありません。ただ、身体拘束というのはいろんなやり方がありますので、誰にとっても明らかであるというわけではありません。特に問題となるのは、鍵をかけて閉じ込めるのは暴行ではないという考え方ですね。しかしこれはやはり身体的虐待と言えるでしょう。
ここで考えていただきたいのですが、このお嫁さんの立場だったらばどうだろうかということです。お嫁さんからすれば、やっていられないような状況ですね。一生懸命やっているのに、お姑さんであるお婆さんには悪く言われ、夫は飲酒歴があり、その上具合が悪くなってからは義母の世話もやってきたのに悪く言われる。だから暴れられたら叩いてしまう。私がこのお嫁さんの立場だったら、ひょっとしたらこうなってしまうかもしれない。
高齢者虐待防止法はどう考えているか。これは虐待か虐待でないかの判断というのはあくまでも客観的事実が条文に照らして、そうだと認められれば虐待になります。つまり虐待者の事情は基本的に虐待かどうかの判断には影響しません。つまりどんなにかわいそうな状態の虐待者が虐待しても、虐待は虐待です。ただし、その後があります。こういうお嫁さんのような状況で虐待をしてしまうというのは、それなりの理由があることだから、関係者が皆で力を合わせて、このお嫁さんが虐待をしなくても済むように支援をしましょうというのが高齢者虐待防止法の実はもう1つの大きな柱なのです。
高齢者の方の尊厳を守るというのはもちろん第一の目的ですが、かなり多くの虐待者が介護者であり、その介護疲れから虐待に至ってしまうことが多いわけです。高齢者虐待防止法は、虐待をしている人たち、特に養護者について、その中でも家族等の場合、養護者支援を強くお願いしているというところがあります。ですからこの事例3のようなケースを考えるとわかりますが、虐待かどうかの判断は客観的に行われるけれども、養護者による虐待は介護の大変さが原因となって起こってくることが多いので、虐待をしなくても済むように養護者を支援しようというのが、が高齢者虐待防止法の考え方だということです。
ちなみにこの法律は略していえば高齢者虐待防止法ですが正式名称は「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」です。児童虐待防止法とドメスティックバイオレンス防止法というのは規制法です。もともと法の精神が、親しい間柄、たとえば親子や夫婦であってもやってはいけないことをやれば基本精神としては罰しますよ、という法律ですから規制法といいます。ところが高齢者虐待防止法と障害者虐待防止法(障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律)についてはどちらかといえば罰するというよりは、虐待しなくても済むように皆で養護者たちを支えてあげましょうということで、養護者支援ということを強く打ち出しており、福祉法的な性格を持っている法律です。児童虐待防止法、DV防止法、高齢者虐待防止法、障害者虐待防止法と並べてしまうと、みんないっしょくたに規制するものだという感覚で見てしまう方がかなりいますが注意すべき点です。
事例4。これは複数の側面があります。父親に金を無心して「最近は長男のお金を奪うように持っていってしまう。私も渋っていると怒鳴られ、しまいには殴られ」とありますのでこれは経済的虐待と疑われます。怒鳴る程度によりますがひどいようであれば精神的虐待もあります。そして殴るということですから身体的虐待です。経済、精神、身体の複数の類型が同時に行われているということになります。
事例5。これは預金通帳と印鑑を管理して勝手にお金を使っていのですから経済的虐待は確実です。それから「ろくでなし、早く死ね」、「うざったい」というようなことを繰り返し、女性はうつ状態になってしまっているから、精神的虐待も確定的でしょう。
事例2、3、4、5は、複数の虐待類型が1つの事例のなかで同時に行われています。つまり何か1つの虐待行為に気がついたならば、ひょっとしたら別の虐待も行われているのではないかという目で見ていただいた方がいいのです。単独の虐待だけが行われているより、複数の虐待が同時に行われていることの方が実は多いと言われていますので御注意いただきたいと思います。弁護士さん方式で客観的事実と条文を照らし合わせる。それから養護者支援という視点。そして今申し上げた複数同時の虐待に気を付けるというところがポイントです。
◆高齢者虐待の実態
厚生労働省では、全国の市町村に寄せられた通報、実際に虐待かどうかを判断された事例等々を集計して毎年発表しています。養護者による虐待と従事者による虐待を別々に集計しています。養護者による虐待が平成23年度の統計では1万6,599件です。被虐待者は女性が8割近です。また、認知症がある方の割合が半数ぐらいです。高齢者虐待防止法ができて丸7年経っていますが、傾向として変わらないのが虐待者の順位です。第1位が息子40.7パーセント。夫17.5パーセント。娘16.5パーセント。ただし、お嫁さんの介護者の割合がもともと高いところでは第3位にお嫁さんが入る地域があるといわれています。
この第1位の息子というのは、大きく分けると2通りあると思っていただければいいと思います。1つはもともとなんらか理由で、実家から巣立つことができないで40、50代になってしまった息子たちがいます。仕事も長続きせず、結婚もせずに、実家にずっと、いわゆる「パラサイト」している人たちです。もう1つのグループが、一旦実家は出たけれど、リストラにあったり離婚したりして実家に舞い戻る人々です。お年寄りが認知症になる等要介護状態になると、仕事の経験も結婚生活の経験もない人が介護をするというのはそもそも大変なのです。ホットな心とクールな頭でバランスよくやっていかないと継続しません。そうでないと認知症があるお年寄りに対してうまく介護できない。そうすると認知症の「周辺症状」といわれる症状が起きてしまったりして、それをなんとか留めようと殴ったり蹴ったり、縛り付けたり、お金があれば自分の生活費や遊ぶ金に取っていってしまう、というようになってしまう。このようパターンが典型的です。
夫については、これはもとからDVがずっとあったタイプと、年老いてから奥さんの方が要介護状態になり、旦那さんが介護をしなければならないがなかなかうまくいかなくて腹を立て暴力を振るってしまう、つまり介護を契機にDV的な要素が出てきてしまう、そのような2つが大きなグループとして存在します。
娘さんについては、息子さんと同じで、もともと巣立つことができかなったタイプと離婚等によって実家に戻ってくるタイプがだいたい半々ぐらいの割合です。
従事者の虐待は、本当はあってはいけないことですが、151件という数字です。入所施設で多いのですが、しかし在宅サービスの場合は独居の高齢者の方々の数がものすごく増えていますので、実態がわからないのではないかとも言われています。一番恐ろしいのは闇から闇に葬られてしまうことです。例えばケアマネージャーさんが暴力を振るう、民生委員・児童委員さんがお金を取っていく、ホームヘルパーさんがお金を取って暴力を振るうなどという事例も、私が知っているだけでも珍しくないのです。全然驚きません。にもかかわらず統計の数字としてほとんど上がってこないのはどうしてか。実は一番恐ろしいのはその辺りなのです。国際的に見て、他の国の統計では、こんなに在宅サービスの従事者が虐待をしていない国はないのです。ですから、ただわからないだけなのではないかともいわれています。軽度な認知症でも、何とか介護サービスを利用しながらお1人で暮らしてらっしゃる方は非常に多いです。認知症の場合、ケアマネージャーさんがお金をくすねてもわかりません。私もケアマネージャーをやっていましたが、私が悪い人間だったらいくらでも取れますから。
これは都内の話ですが、お年寄りの家の表札に変な暗号が書いてあったことがあります。何かというと、高齢者を対象にする詐欺師たち同士の連絡のための暗号なのです。「ここは白アリ駆除の詐欺でいくらやりました。次は健康布団の詐欺でやってください」というようなことが暗号で書かれているのです。表札におかしな落書きがあるので、子どもが書いたのかと思っていたら実は高齢者を対象にした詐欺師グループ同士の連携のようなものができていたということです。そういう困った素養のある従事者ももしかすればいるかもしれず、いたとしても数字に表れてないのではないか、と大変心配されているところです。
今後在宅サービス従事者よる虐待数は今後増えるのではないかと言われています。ちなみにアメリカでは、お年寄り向けに、ホームヘルパーから虐待に合わないために、というような冊子が配られている地域もあります。そのぐらい件数が多いのです。
◆高齢者虐待を防ぐためのネットワーク
では、私たちは何をどうすればいいか。私は高齢者虐待の取り組みの全体像を「ネットワークの構築と機能化」と言っています。ネットワークには「見守り」「介入」「介入支援」の3種類がありますが、こうしたネットワークを地域の中(あるいは施設の中にも)に作り、それをきちんと機能させることです。機能とは一次予防、二次予防、三次予防です。一次予防は発生予防、二次予防は早期発見・早期対応、三次予防というのは回復あるいは復帰のための支援です。これを3つのネットワークを駆使して行うことです。
一般の住民の方も含め、高齢者の虐待に気がついたら、とにかくしかるべきところに連絡を下さい、と。「証拠を挙げてから」などと言っていたのでは間に合いません。疑いの段階でも、ちゃんと守秘義務もありますし、誰から通報があったかもわからないようにやりますから安心して通報あるいはご相談ください、という態勢を作り上げるというのが「見守り」のネットワークです。
「介入」というのは、実際にその事例が、虐待の疑いが濃厚な場合、市役所、地域包括支援センター、ケアマネージャーといった人々がチームを編成成して解決に向けて動き出すということです。もちろん、人権擁護委員の方々もそのなかに入っていただく事例もかなりあります。これはすぐに集まらなければなりません。多くの専門性を持った人、別々の専門性を持った人の共同が必要になります。固定されたメンバーでなく、普段は別々の機関に所属している人たちが臨時のチームを形成して対応するわけですから、普段からのかなりのトレーニングが必要です。トレーニングだけでなくて、いちいち上司の了解を得なければならないというのでは間に合いませんから、地域の中で虐待の事例については必要即応でチームを形成できる態勢が取れるようにあらかじめネットワークを作っておく必要があるわけです。
「介入支援」というのは次のようなことです。虐待の事例では、場合により弁護士さんとかお医者さん、警察、保健所等様々な専門家が必要になります。DV、児童虐待、障害者虐待等、色々な要素が絡み合い、全く普段とは違う専門性を持った人たちにサポートしてもらわなければならないことも珍しくないわけです。そのため、その地域のなかでそのように第一線で介入する人たちを後方支援することも必要になります。介入する人たちを支援するようなネットワークです。
虐待の早期発見は虐待の予防と密接につながっています。つまり早めに虐待に至る前の段階でケアがうまく功を奏せば虐待は予防できるわけです。
早期発見のためにはまず第1に、「発達的危機への早期の手当」が必要です。高齢者虐待というのは、起こってから対応しても対応がなかなか難しいということがあります。最初の部分でご紹介しましたが、児童虐待の被害にあっていた人や、夫からDVを受けていた人が、立場が逆転し、かつての被害者から加害者への虐待に至るケースがあります。それはその段階でちゃんと解決をつけていれば後年の高齢者虐待はなくて済むわけであり、人間が発達していく各段階で陥る危機的な状況について、地域のなかで適切に支援の手がきちんと行き届くようになっていれば、人生の総決算期みたいなところで過去の因果が現在の報いてしまうようなことは防ぐことができるはずなのです。その点では民生委員・児童委員の方は高齢者のことも、子どものことも地域の中のことをよくご存じですから活躍の場は多いはずです。
第2に早期発見の勘どころについてですが、2つポイントがあります。1つ目は、皆さんが、あるいは地域の方々が、目の前に高齢者の方がいたとして、その方の立場に一旦立ってみて、もし皆さま、あるいは一般の人が「痛い」でも「苦しい」でも「悲しい」でも結構ですが、「耐え難いだろうな」と思われたら、その段階で何らか虐待の被害に遭っている可能性がある、というように、一旦立ち止まっていただくというのが必要不可欠だということです。
これにはちゃんとした根拠があります。研修などで、何も書いてない短冊を1人5枚とか10枚お渡しして、これまでの人生のなかで耐え難かった出来事ベスト5、あるいはベスト10を書いてもらいますと、たくさんの耐え難い体験が出てきます。つまり、多くの人は、大人になるまでの経験をずっとたどっていけば、必ずと言っていいほど、何らかしらの耐え難い体験にあっているはずなのです。だからその経験を活かさない手はありません。自分の経験を物差しに使って良いのです。人権侵害や高齢者虐待には、とにかくありとあらゆるやり様がありますから、それについて辞書にあたるように扱おうとしてもなかなか難しい。まずはお年寄りの立場に立ってみて、もし自分がその立場だったら耐え難いだろうな、と感じたら虐待の可能性があるということです。
その上で、チェックリスト的な「□高齢者虐待のサインの例」(本文末に掲載)もありますので、虐待かもしれないと思われたら、改めてこういうチェックリストみたいなものでチェックすることもできます。これらはいわゆるスクリーニングではなく、いっぱいチェックが入ったからイコール虐待というわけでは決してありませんが、そうであればやはり虐待の疑いが濃厚ということになってきます。
虐待を発見して、地域包括支援センターや市町村の窓口にどのタイミングで連絡をすべきか、ということですが、これは今度はお年寄りではなく、虐待をしていると思われる方の方に目を向けてください。主観で結構ですから、手加減があるかないか、ということで見分けてください。手加減がないと思ったら、証拠等なくても結構ですから迷わず通報してください。「手加減があるかどうか」ということで、人はダメージを割り出そうと自然にするものなので、主観で結構ですから手加減がないなと思われたら、もう迷わず連絡すべきです。客観的に見てどうなのか、ということを、証拠に照らしてああでもないこうでもないと調査するのはその後の仕事で、通報や連絡・相談にそんなことは求められておりませんから、是非そういうふうにしてください、少なくとも、傍観者になって、知っているのに知らないふりをする、何か面倒だからそういうことに巻き込まれたくないと思う、そういうことだけは止めてください、ということを広くあまねく啓発していくことが、最も予防効果があるということです。
◆高齢者虐待事例への対応の流れ
虐待への対応の流れをお話しします。最初に通報が入ったら、きちんと何がどうなっているのか、情報を集めなければいけません。その次に、事前評価をします。これは、「物語」のようにして全体というのを把握するということが大切です。なぜならば、「物語」というのは、その人の人生50年を、たとえば2時間のテレビドラマのようにコンパクトに圧縮して見るためにはとてもすぐれた方法で、何がどうしてこうなったというようなことが、かなり要約できるのです。虐待の発生の仕組みは複雑で、冒頭の方で申し上げたように、いろいろなことが積み重なって起こっています。そうしたものを上手に把握する方法が物語として把握する方法なのです。
そのあと実際の支援計画の立案・実行ということになります。虐待の事例というのは実はコツがあって、「起こってしまった事態」のことばかり考えていますと、うまくいきません。むしろ、「この程度で済んでいるのはどうしてか」を考えるべきなのです。例えば恨みつらみから、息子さんが暴力を振るっているにせよ、奥さんがひどいことをしているにせよ、365日24時間暴力振りっ放しということはあり得ません。それならば、その程度で済ませているのはどうしてということもあわせて考えるというのが解決のコツです。「マイナスの要素」と「プラスの要素」を考えて、支援の「ツボ」を探ることが重要です。
みなさまのご協力のもと、つつがなく終わることができました。私のお話は以上で終わりです。大変お疲れ様でございました。
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演習 それぞれの事例には、どの種類の虐待が含まれていると思いますか?
事例1( )女性、83歳。軽度認知症。離れに独居。母屋には次男夫婦が住んでいるが、世話が不十分。食事は菓子パンとミカンのみのこともある。冷蔵庫にも干からびた物が入っていることが多い。部屋は乱雑で、冷暖房も不十分。週2日はデイサービス利用。同所でも身体的な訴えが多く、次男に伝えるが、病院に連れていった様子なし。最近、痩せが目立ってきた。
事例2( )女性、80歳。デイサービスの迎えの際、右顔面に青アザがあり、痛みの訴えがある。併設の病院を受診し、肋骨2本の骨折が判明。大腿部にはつねられたような手の甲大の青アザもある。本人が「長男に乱暴にされた」と言うので、施設長が長男を呼んで話を聞くと「ベッドから落ちた」という。本人は「家に帰りたくない」と言うため、緊急ショートステイを利用。後に、施設長が特養入所を長男に勧めたが同意を得られず。その後、栄養失調となり入院。
事例3( )女性、86歳。長男家族と同居。女性は狭い家の中を動き回り、長男の妻のことを悪く言ったり、大声を出したりする。たまりかねた長男と妻が一室に閉じこめて鍵をかけたところ、大暴れをして転倒。タンスにぶつかって何針か縫う騒ぎとなる。その後、長男の妻は、女性が動き回ったりすると頭を叩いたりするようになった。長男の妻によれば、義母は昔から自分をいじめてきた。夫は飲酒癖があり、自分が働いて借金を返してきた。また、義母の世話もそれなりにしてきたのに、いまだに悪く言われる。暴れられると、つい叩いてしまうと話す。
事例4( )男性、74歳。独居。足腰が弱っている。隣町に長男が住んでいるが、1年前にリストラにあい、再就職できないでいる。長男は時々やってきては、「お金がなく、生活できないので貸してくれ」と言って、父親に金を無心する。男性も初めはかわいそうにと思い、お金を渡していたが、最近は長男がお金を奪うように持っていってしまう。渡すのをしぶっていると、怒鳴られ、しまいにはなぐられる。残されたお金では、十分な食材を買うことも困難で、買い物もあまり行かなくなり、閉じこもりがちとなってきた。体重も減り、足腰も一層弱くなってきている。
事例5( )女性、65歳。虚弱で身体障害の2級。家の中を歩くのがやっとの状態で、35歳独身の息子と同居している。息子は、母親の貯金通帳と印鑑を管理し、勝手にお金を引き出して遊行費に使っている。女性が返してほしいと言うと、「早く死んでしまえ。うざったい」と怒鳴られ、大事にしていた小物入れを壊されてしまった。何を言っても「ろくでなし、早く死ね」といった調子で言い返されるため、女性はうつ状態になって、食事も十分にとれなくなってしまった。
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□高齢者虐待のサインの例(多様なものがある。経験者に相談するか複数で検討したい。)
* 共通して見られるサイン
・ 通常の行動が不自然に変化する
・ たやすく怯えたり、恐ろしがったり、過度に怯えたり、恐怖を示す
・ 人目を避け、多くの時間を一人で過ごす
・ 医師や福祉・保健の関係者に話すことや、援助を受けることをためらう
・ 医師や福祉・保健の関係者に対する話の内容がしばしば変化する
・ 睡眠障害がある
・ 不自然な体重の増減がある
・ 物事や周囲のことに対して極度に無関心である
・ 強い無力感、あきらめ、なげやりな態度などが見られる
* 身体的虐侍を受けている高齢者の身体面、行動面に見られるサイン
・ 説明のつかない転倒や、小さな傷が頻繁に見られる
・ 腿の内側や上腕部の内側、背中などに瘡やみみずばれがある
・ 回復状態がさまざまな段階の傷や痣(アザ)、骨折の跡がある
・ 頭、顔、頭皮などに傷がある
・ 唇部や手のひら、背中などにやけどの跡がある
・ 「家にいたくない」、「蹴られる」などの訴えがある
・ 傷や痣に関する説明のつじつまが合わない
* 性的虐待を受けている高齢者の身体面、行動面に見られるサイン
・ 不自然な歩行や座位の困難
・ 肛門や女性性器からの出血や傷がある
・ 生殖器の痛み、かゆみを訴える
* 精神的虐待を受けている高齢者の身体面、行動面に見られるサイン
・ 指しゃぶり、かみつき、ゆすりなど悪習慣が見られる
・ 不規則な睡眠(悪夢、眠ることへの恐怖、過度の睡眠など)の訴えがある
・ ヒステリー、強迫観念、強迫行為、恐怖症などの神経症的反応が見られる
・ 食欲の変化、摂食の障害(過食、拒食)が見られる
・ 自傷行為が見られる
* 経済的虐侍を受けている高齢者の身体面、行動面に見られるサイン
・ 年金や財産などがあり財政的に困っているはずはないのに、お金がないと訴える
・ 財政的に困る筈はないのに、費用負担のかかるサービスは受けたくないと言う
・ サービスの費用負担や生活費の支払いが突然できなくなる
・ 資産の状況と衣食住など生活状況との落差が激しい
・ 知らないうちに預貯金が引き出されたといった訴えがある
*ネグレクトや高齢者本人による自己放任(セルフ・ネグレクト)のサイン
・ 居住する部屋、住居が極端に非衛生的である、あるいは異臭がする
・ 部屋の中に衣類やおむつなどが散乱している
・ 寝具や衣服が汚れたままであることが多い
・ 濡れたままの下着を身につけている
・ かなりの程度の潰瘍や褥そうができている
・ 身体にかなりの異臭がする
・ 適切な食事をとっていない
・ 栄養失調の状態にある
・ 疾患の症状が明白にあるにもかかわらず、医師の診断を受けていない
* 家族・介護者にみられるサイン
・ 高齢者に対して冷淡な態度や無関心さが見られる
・ 高齢者の世話や介護に対する拒否的な発言をしばしばしている
・ 高齢者の健康に関して関心が低く、受診や入院の勧めを拒否する
・ 高齢者に対して過度に乱暴な口のききかたをする
・ 経済的に余裕があるように見えるのに高齢者に対してお金をかけようとしない
・ 福祉や保健の専門家に会うことを嫌がる