人権に関するデータベース
研修講義資料
「子どもと人権 -大人たちにもとめられる援助の構造-」
- 著者
- 森田 明美
- 寄稿日(掲載日)
- 2014/02/04
私は東洋大学社会学部で社会福祉学、特に児童福祉を専門にしております。大学で教鞭をとっていますが、人権の問題は私にとってはライフワークです。間もなく国連子どもの権利条約が日本で批准されて20年を迎えることになりますが、今(11月)はちょうど子どもの権利に関する様々な集中的な月間にもなっており、今週は子どもの権利の日(11月20日)等もあり、重要な時期と言うことができます。私は、これらの子どもの人権についての取組の基本となっている子どもの権利条約を日本の中で暮らしている子どもたちや子育て家庭にどのように定着させ、具体化していくのかということを研究テーマとし、また実践的なサポートも行いつつ、日々大学で教鞭をとっております。
子どもの権利ということでとりわけ重視しているのが地域です。日本の福祉の領域では、約46000人の施設の中で暮らしている子どもたちのことが関心の中心を占めているわけですが、私はそれ以外の99%以上の子どもたちに一体何が起きているのか、そしてそのことに対して児童福祉は何をしなければならないのか、ということを研究のテーマにしています。いじめや虐待、あるいは子どもたちの放課後の安全・安心という問題、地域における保育の制度整備といった、色々な問題が関係してきます。
2011年3月の東日本大震災が起きてからは、「東日本大震災子ども支援ネットワーク」という、世界及び日本の様々なNGO、NPO、市民が一緒になって活動をしているネットワーク組織の事務局長として活動を続けてきています。後で少しお話しさせていただきますが、被災地の岩手県山田町というところは、津波だけでなく、津波による火災によって甚大な被害を被った地域なのですが、その現地で、中高校生たちの軽食付きの自習室を常設で運営しているNPOの理事長を現在務めています。
今私が取り組んでおります課題等を手掛かりにしながら、子どもの人権をどう捉えていったらいいのか大人は何をしなければならないかということを、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
◆子育て家庭の構造
皆さんの中にもお子さんを育てておられる方がいらっしゃるかもしれませんが、子育て家庭が今どんな暮らしの状況にあるかということを、少し整理してみたいと思います。子どもの年齢が小さくても青年期であっても、子育て家庭というのは、子どもと保護者によって運営されているわけです。大人=保護者がいることが特徴で、子どもは子どもだけでは暮らしていくことができません。
大人には、子どもを後見しなければならないという非常に大きな役割があるわけです。〈子どもの後見〉をしていくために、〈生活運営〉をしなければならないし、それを基本的に支えていくための〈家計の確保〉をしなければなりません。これが私の考える子育て家庭の3つの役割です。この3つのバランスが非常に大切なのですが、実はこれを包み込む形で〈親自身の自己実現〉という問題がそこにつながっています。色々な問題を抱えている家庭というのは、子育て家庭の役割と、親自身の自己実現のバランスが大きく崩れていることが多いのです。
いくつか具体例をあげてお話をします。
親自身の自己実現の部分が異常に薄くなってしまっている家庭があります。例えば私が今力を注いでおります東日本大震災の被害を受けた地域では、未来も見通すことができず、今まで順調にいっていた仕事を奪われる等、親たちは自分自身の自己実現が非常に危うくなっています。
また、これも私がこの10年あまりずっとサポートし続けている問題ですが、10代で出産した親たち、つまり子どもであると同時に親である人たちですが、そうした親の場合でも、やはり自身の自己実現が異常に薄くなってしまっている。そうした状況の中で家計の確保に精力を傾けなければならず、生活をやりくりしていくこと、子どもを育てることが非常に困難になっていきます。こうした構造が今の日本社会の中で多様な問題を生じさせています。
今日お話ししたいキーワードの中に、「自己肯定感」と「コミュニケーション」という言葉があります。コミュニケーション力が非常に弱まり、その中で非常に孤立化が進んでいるという状況があります。これは、児童福祉の課題を抱えている家庭には多く見られる要素です。孤立していくことによって、時には精神的に病んでいくとか、あるいは社会の中で何か不適切な行動をしてしまうとか、色々な構造に発展していくことになります。
10代で出産した女性の実態調査をしてきた中でわかったのが、そうした女性たちの自己肯定感の低さでした。子どもたちの自己肯定感が全体として低くなってきていることはよく指摘されております。子育て中の親たちでも、子育ての不安感の強い人は自己肯定感が非常に低いですし、子どもたちでも、いじめられていたり、いじめたりしている子どもも非常に自己肯定感が低いのです。そして、例えば被災地の子どもたち、あるいは10代の親たちなども、自己肯定感が低くなっています。
そういった人たちの肯定的な体験を増やし、そして肯定的な関係性を構築していきたいというのが、私たちの今の取組の中で考えていることです。肯定的な体験や肯定的な関係が少ないことによって孤立感が増していくわけです。孤立化が厳しい人たちは、「自分なんか生まれてこなければよかった」とか「この子なんていなければいい」といった語り方をよくします。このような、自己肯定感の弱い人たちに対して、「教育を施そう」というような態度で接すると、その人ができないことを新たにえぐり出していくことになります。そうではなくて、肯定的な体験や関係性をたくさん構築することによって、そうした人たちの孤立からの救済を進めていこうと取り組んでいます。多くの場合、良い人、大切な人との出会いとか、良い体験とかを積み重ねていくことによって、孤立感というのはかなり回復していくことができます。
◆虐待・DVへの対応の変遷
家庭について考えてみますと、まず虐待の問題があります。それからDVの問題があります。そしてそういったことも一つの背景にしながら、「ひとり親化」ということが非常に進んでおります。ひとり親化の理由について20年くらい前のデータと比べてみますと、離婚によるものが今は9割近くで非常に増えています。それから虐待とDVというのはかなり重なり合っている構造があります。児童虐待防止法でも、DVが家庭内で行なわれていることを見せられること自体が子どもにとっては虐待であるという考え方を示しておりますが、そのことの非常に顕著な例として、被災地をあげることができます。
例えば宮城県では、データが公表されておりますが、2011年から2012年にかけて、DVも虐待も不登校も、大体3割くらい増加しています。被災地においては、色々な問題が複合的に子どもに押し寄せていくという構造になっているわけです。
家庭がこういった状況にあるとき、当然ですが子どもたちを支えてくれるのは学校や地域です。あるいは学校や地域で問題が起きたときには家庭が子どもたちを支える。どちらかが支えてくれればそれなりに子どもは生きていくことができるわけですが、今はこの両方で同時に多くの問題が起きているのです。例えば、学校や地域では性犯罪や体罰やいじめが非常に増えており、一言でいえば、暴力を容認して人権が軽視されていく社会、特に子どもたちにとって非常に厳しい状況が現れています。私は児童福祉の研究者として1970年代から研究を進めてきていますが、1970年代から1980年代にかけての時代では、学校では校内暴力、家庭では家庭内暴力という問題が多くありました。この福岡の地でもそうだったと思いますが、中学校のガラスが全部割られてしまったとか、壁が落書でいっぱいになったというような、荒れた時代というのがありました。
1990年代に入って虐待という問題が顕在化してきました。その時私たちは「これは今まで隠れていたものが少しずつ明らかになっているに過ぎないと言われているが、それにしてもおかしい。1990年代に入ってどんどん増えてくる。変だ」と思いました。そうした中で21世紀に入り、日本は子どもの虐待防止法を作りました。私は福岡に来て思い出しておりましたが、虐待の問題について北九州市はとても早い時期から取組をなさっていました。この時代に児童相談所での虐待の取組のビデオを見させていただいた記憶がございます。約20年前の話です。その頃から日本は、「国家の家族への介入」を進めてきたと言えます。具体的には同じ時期にDV防止法や子どものポルノの防止法ができてきています。こういった、「家族的問題」、「個人的問題」と言われてきた領域に対して国家が介入する、そのような決意を込めた社会を作ってきたわけです。
私は、これが20世紀の社会と21世紀の社会との大きな違いであると考えます。つまり、子どもの、あるいは家庭の中で起きている人権侵害を放置するということは許されないことであるという社会です。例えばDVにしても、「夫婦喧嘩は犬も食わない」というような時代は終わり、国家として法律によりきちんと処罰しなければならないという考え方をもって対応するようになったのが21世紀の社会であると考えることができます。しかしながら実際には残念ながら現在でも、家庭内でのDVも学校でのいじめや虐待、体罰も、家庭内での子どもへの虐待も減っていないという状況があります。
このような社会に対して、今私たちは何をしなければならないでしょうか。これまでは、問題が起きたらそれを早期に発見して救済していくという考え方でした。これも一つの方法ですし、21世紀型の決断だったわけです。しかし考えてみますと、そのような、虐待やDVというようなことというのは、起きないほうが良いに決まっています。特に未来ある子どもたちにとってはそうです。
子どもたちは様々な否定的な状況に対して1990年代初めくらいまでは、暴力という形で反発をしていたわけですが、この反発は、徐々にひきこもりの状況に変わってきました。ちょうど先ほど述べたような様々な法制度ができるころから、「司法福祉」の非行課題に加えて、精神障害や病気を抱えながら家にこもる子どもたちの課題に焦点を当てなければならない時代になってきたのです。非行という形で表に出すことすらできない子どもたちが日本社会に急増しています。そうした子どもたちに私たちは何らかの対応をしていかなければなりません。
それが私たちの考えている、権利基盤を整備していくということであり、それは予防という概念に関わります。日本の児童福祉においては、「健全育成」という大きな概念があり、子どもたちに必要な物、必要な施設、必要なサービスをきちんと整備していくという考え方があったのですが、残念ながら現状の日本社会がなかなかそうはならない中で、どんどん問題の構造が深化していくということになってしまっているのです。
◆孤立化への重層的対応
孤立化に対しては、色々な人たちと協力をして支援の仕組みを作っています。「重層的対応」という考え方はそのことを指しています。私たちのような児童福祉領域だけでは孤立化への対応は決して完結しないと思っています。例えば病気になってしまう子どもや親はたくさんいます。この人たちの場合は医療との協力が欠かせません。あるいは望まない妊娠をした子どもたちに対しては母子保健等の領域との協力が欠かせません。また、学齢期の子どもたちの問題は教育関係者との協力なしには絶対に解決できません。このように、具体的に子どもたちの孤立化を防いでいくためには重層的な対応が必要になります。
早期発見と救済、これは今お話した、21世紀に入って日本が取り組んでいる対応です。例えば母子保健の領域には、こんにちは赤ちゃん事業という、子どもが生まれて4か月までに保健師を初めとした専門的なトレーニングを受けた人が全戸訪問し、早期に課題を抱えている家庭を発見して支援を開始しようという取組があります。これはアウトリーチという手法です。今までは、「何か月健診」という形で、検診会場に来てもらうことしかできていなかったものが、アウトリーチという手法で自宅等を訪問し、早期発見する時代がきています。
それから、例えば「居場所」の設置があります。居場所をどのように定義するかというのは非常に難しいのですが、例えば今子どもを産んで小さな子どもを育てているような家庭を対象にして、地域子育て支援センター、ひろば事業等と言われていますが、親たちが子どもを連れてきて、地域の安心できる場所で一緒に遊ぶことができるような施設が設けられるようになってきました。これもここ20年くらいの試みです。
そして自分では気づけない人、子どもが、自分の問題に気づくための取組として、小学生や中学生たちの心の健康度をチェックするための取組もなされています。発達障がいの早期発見のために、4歳児の健康診断を新たにとり入れる等があります。親が「なんか育てにくいな、なんでこの子のことだけが気になるんだろう、なんでこの子のことを愛せないんだろう」と思っていたら、実はそれはその子自身が抱えている障がいのためであった、というケースも結構あります。ですから適切な知識を早く提供して、気づけるようにしなければならないわけです。
◆多問題家族への対応
早期発見と救済だけでは、なかなか予防というところまでは、あるいは問題を抱えた家族が回復していくというところまでは取り組めません。予防と回復は、人権侵害からの脱出に向けてはとても大きな重要なキーワードです。また現在では、支援分野を横断した問題が大変多く発生するようになってきています。皆さんのような、人権担当の方々が対応しなければならない問題というのは、どれも一つだけの分野に限られた問題ではないですね。このことについて、「多問題家族」という切り口で少し整理をしていきます。私の専門は、「子ども」ですが、最初に申し上げたように、子どもだけでは暮らしていけないところに子どもの特徴があります。経済的にもそうですし、年齢が小さければ自分で食事もできませんし、日々の生活を送っていくことができません。その意味で必ず保護者が必要になってきます。そこに高齢者が一緒に暮らしている家族もあります。また、障害のある親族が一緒に暮らしているケースもあります。ひょっとしたら、文化の違いを持つ外国人の方が家族の中に入っている場合もあります。こういうところに、さらに貧困ということが重なることがよくあるわけです。これは被災地等でもよくある構造です。こういった、子どもや高齢者や障害者や文化の違いのある人がいる家族、これだけであれば、例えば行政の子ども課、高齢福祉課、障害福祉課、あるいは国際協力課のような方たちが色々な形でかかわっていかれればそれなりに暮らしていくことができる、こういう家族があります。
例えばある家族で、おばあちゃんがキーパーソンであったとします。小さな子どもがいて、文化の違いを持っているお嫁さんがいて、息子に少し精神の病気があり、その中で、おばあちゃんが一生懸命皆の面倒見てきた家族です。よくあるケースです。このおばあちゃんが病気になってしまった、あるいは一緒に暮らしていたおじいちゃんが病気になっておばあちゃんが介護にかかりきりにならなければならなくなってしまったとします。そうすると、この家族のキーパーソンがいなくなってしまいます。そのとたんに、例えば文化の違いを持っていたお嫁さんは、もうこんなところにいられないと本国に帰ってしまうかもしれません。そうなると、残されるのは子どもと、精神の病気があるお父さんと、高齢の介護状態にある夫婦だけになります。これまでなんとかこのお嫁さんとおばあちゃんとで頑張ってきた構造が崩壊してしまうのです。こういう崩壊例はたくさんあります。今までの日本の社会福祉は、残念ながらこうした問題に対応できていません。
生活保護を受けるということになって初めて生活保護のケースワーカーの方が総合的にその家庭を支援するということになるわけですが、それまでは、それぞれの部署がそれぞれに支援するということで終わってしまい、予防という概念には至らないのです。つまり、その家族が保護状態になってしまうのを見ているしかない。この家族は危ないということを認識しつつ、とにかく子どもたちが健康に過ごすために、例えば学校の先生が、あるいは保育園の先生が必死に頑張っているというケースがある。でもそれだけではこの家族を支えられない、こんな構造がいたるところに今、出てきているのです。単に早期発見と救済だけではもう対処することができず、やはり予防や回復というところにきちんと焦点を当てた支援をしていかなければならないのではないか、家族が抱える問題を総合的に見ていかなければ難しくなってきているということを感じています。
◆子どもを支える支援の構造
子どもというのは、基本的には児童福祉法上では18歳までを指しています。18歳になれば、多少親の養育の必要性は残るとしても、大体社会に出ても独り立ちできるような状況になり、多少の社会的支援があれば生きていけるだろう、とこれまでは考えられてきました。
しかしご存じのとおり、子ども若者育成支援対策推進法は40歳未満を対象にしています。「若者支援」においては、支援が必要な人たちとして、30代の人たちをターゲットにしなければならなくなってきているわけです。本当に18歳で自立可能と言って良いのかということはありますが、子どもの権利条約も児童福祉法も、全て18歳というところでいったんは区切りをつけています。子どもの成長発達について、18歳までは親が養育するが、18歳以降は見守るだけよくなるはずだということです。でも子どもによっては、例えば病気や障害があるとすればそれ以降も支えていかなければなりません。それから例えば親が働いていたり、あるいは経済的に立ち行かなかったりしたら社会的な支援を上乗せしていかなければなりません。ある年齢の子どもの成長段階に必要な親の養育と社会的支援を足した土台を、私は、子どもの成長のための最低ラインと言っています。ある子どもが、そのラインよりも下にいたとします。例えば10歳のときに親の養育を受けられず、また社会的な支援もあまり受けられなかったとすると、成長のための最低ラインを下回っていたことになりますが、そうするとこの子どもは色々な問題を抱えることになります。成長のための最低ラインよりも下の状態にあると、子どもはなかなか思うように生きていくことができないのです。通常は、地域環境と家庭が子どもの成長を卵のように抱えています。家庭がダメなら地域や学校が支える。しかし今の日本の状況というのはそれが難しくなっています。
一番分かりやすいのが被災地です。被災地では、子どもたちの成長のための最低ラインを維持するだけの地域環境がありません。校庭にたくさん作られた仮設住宅で遊ぶ場を失った子どもたち。がれきがまだまだいっぱい積み上がっているような景色を毎日見なければならない子どもたち。そうした地域環境は、子どもたちの心を支えるというより、むしろ子どもたちの成長発達を阻害しているという、いうなれば人権を侵害していく状況を作り出していくわけです。地域が子どもの成長を支えきれないのです。そういう構造になってしまうと、子どもたちが成長の最低ラインを越えて子どもが生き延びていくということを保証しきれない地域というのができあがってしまいます。
◆震災で子どもが受けた影響
東日本大震災で一体どれくらいの子どもたちの被害が出たか、お話ししたいと思います。もちろんこの九州の地域でも、集中豪雨等でたくさんの被害が出ていますし、先日も東京都の大島で大変な被害が出て、そこでもまた子どもたちは多くの犠牲を強いられているようです。例えば、もともとひとり親で暮らしていた子どもが、その1人の親が亡くなってしまったらもう孤児になってしまいます。岩手、宮城、福島の震災遺児(親など保護者のいずれかが死亡・行方不明となった子ども)が今1,500人くらいおり、震災孤児(両親や1人親が死亡・行方不明となった子ども)は240人強いるといわれています。震災孤児がどのように養育されているかというと、実はこれは非常に日本的な特徴なのですが、ほとんどが親族に引き取られています。施設や親族以外の里親による養育を社会的養育といいますが、240人の震災遺児の中で施設に入っている子どもというのはたった4人だけといわれています。しかもそのうちの3人は兄弟で入っていますので2世帯、2家族だけです。あとは全部親族に引き取られています。そういう意味で日本というのは本当に特殊な社会だと思います。それだけ家族というものに、あるいは家族を拡大解釈して親族というものに大きな期待が寄せられているのです。子どもを育てるのは家族である、親族であるという意識が非常に強いのです。阪神淡路大震災のときも、施設に入所した孤児はたった1人でした。こういった何か大きな災害が起きたとき、問題は全てやはり家族にいきます。子どもの人権を救済するのは家族であると思われているわけです。しかし、家族の中で子どもが安心安全であるということは決して言えません。先ほどからお話ししているように、虐待、DV等様々な問題があります。ですので、本当に今被災地は大変な状況になっています。
「親族里親」という制度があります。児童福祉の専門でない方もいらっしゃるので少しコメントしておきます。震災遺児を引き取った親族の中で、養育費を全部自分たちで払っていけるので社会的支援はいりませんという方が3割でした。親族里親という形をとりますと、子どもの生活費や食費などが支給されることとなっており、それを選択した方が約7割ということです。
子どもの人権を考える場合、このように災害等が起きたときには、多くの子どもたちは施設ではなくとにかく家族か親族の元にいるので、ここで人権侵害が起きないように注意しなければなりません。そして、家族の元に入ってしまった子どもを、社会的な救済の枠に置くのは大変なことなのです。皆さんお分かりになると思いますが、人権問題というのは、社会の中にいればなんとか対応できるのですけれども、家庭の中に入ってしまうと、人権救済を具体化していくことが非常に困難になります。そういう意味で、今被災地ではこの非常に難しい状況になっています。
◆被災地における子ども支援
私は現在岩手県の山田町で支援活動をしています。美しい南三陸の湾岸にあった家が沿岸部はほとんどが燃えてしまいました。この地域ではプロパンガスを使用していたため、津波でそれが爆発したのです。別に誰が悪いわけでもなく、火災が全てを覆い尽くし街は焦土と化してしまいました。今もまだ、多くのところに草が生えて、土台だけが残っている状況です。
被災した子どもたちも、色々なものを失いました。生活だけでなく、心も非常に不自由な暮らしをしています。震災からもう2年と半年以上経ちましたが、津波が来たとか、人が死ぬところを見たとかというトラウマだけではなくて、子どもたちは、その後の家庭の中での暴力や、あるいは虐待や、あるいは親たちの失業状況や、そういうものを見ながら暮らしています。それが実は非常に苦しいのですね。虐待されている子どもたちは、親たちのことをほとんど悪く言わないとよく言われています。つまり親族であるからこそ言えない苦しい気持ちというのがあります。また、亡くなった人のことを考えたり、奮闘する大人たちの姿を見たりして我慢してしまうということも多々あります。そういった中で、どんどん内側に引きこもってしまいます。子どもも引きこもるし、親たちも家庭に引きこもる。
しかし引きこもる家庭は仮設住宅で、例えば4畳半2間に3畳程度の台所があるくらいです。これは引きこもる先として適切な環境ではありませんね。そういったことがあって問題が次々とふくらんでいくわけです。
今私は、岩手県下閉伊郡山田町で「山田町ゾンタハウス」という施設の運営に取り組んでおります。岩手県山田町の中学生の大体3分の1くらいが通っており、300人くらいの子どもたちが登録しています。焼け残った2階建ての建物があり、元葬儀場ということであまり大人たちが使いたがらないことからそれを利用することにしました。リフォームに2,000万円以上かかりましたが、学生たちと一緒に泥かきや掃除をし、上下水道だけ最初は直してもらってスタートさせたのが2011年の8月の終わりでした。日曜日を除く週6日間開いています。1階は子どもたちが過ごす場所で軽食も出します。2階には勉強部屋があります。そして8時頃になると親が迎えに来るという、そういう場所です。
心理学がご専門の宮城学院女子大学の足立智昭教授が、私たちのゾンタハウスについて「心の安全空間」という評価をしてくださいました。つまり、心がここにいて動かせる場所です。色々な形で子どもたちはつらい日々、厳しい日々を送っていますが、そうすると時間軸がなくなっていくとよくいわれます。先日取材に来たNHKのアナウンサーの方は、「この子たちには時間が取り戻せている」とおっしゃいました。ゾンタハウスに来る子どもたちは、いつもつらいことをしゃべっているわけではありません。2階からトントントンと1階のほうに下りてきて、ちょうど家庭で親に言うように、「あー、お腹が空いた」と言って、そこでパンを1枚食べて、「またちょっと勉強してこようかな」と言って2階に行って勉強する。そんな空間です。いつもそこに数人のスタッフがいて、子どもたちの色々な雑談に付き合います。ときに悩みや、ときに喜びや、10点の数学のテストが30点になったとか、そういった、どこの家庭でもあるような話題を子どもと共有しながら、今という時間を子どもたちは実感しているのです。そのように今を感じることができると、未来に向けての一歩を踏み出していくことができるわけです。
人権を侵害され続けている人は、人権を侵害されているということすら分からなくなっていく、とよく言われます。子どももそうです。どんなにつらいことをさせられていても、どんなにつらい状況にあったとしても、それが本当にやってはいけないことで、それをやられない状況を作り出すことができるということを実感して初めて、子どもたちは自分が現に受けている痛みにようやく気付いていくのです。子どもというのは、そのような、とても切ない存在です。もうちょっと勉強して進学したいという子どももいます。私たちは、高校卒業して看護学校に進学したいという4人の子どもに奨学金を出しています。そういう希望を言ってもいいということが分かると、つまりこれまで自分は希望を持てなかったんだということに気付くと、ようやく「あ、自分も行きたいんだ。だから勉強しよう」という気持ちになっていきます。こうしたことによって、子どもたちは震災の中で彼らが受けたすさまじいまでの人権侵害から回復していくことができるのだと思います。本来なら家庭や学校の中できちんと回復への支援をされたかったわけですが、それができなかったわけです。例えば学校では「勉強せよ、勉強せよ」と責め立てられるような、否定的体験をずっとし続けてしまいます。そうではなくて、ゾンタハウスでは、「10点から30点になったなんてすごいじゃん、3倍だよ」と肯定されていきます。やれたことを認めてもらうということを通じて、子どもたちは次への一歩を、トラウマから脱出して踏み出していくことができます。思い出してもつらいんだけれども、つらいことを思い出しても次に歩める。私たちは日々の活動の中で、この子どもたちを支えていってほしいということをスタッフたちにお願いしています。今7人くらいの地元の方たちが交代で、食事作りや子どもたちへの寄り添い活動を行なっています。これを積み重ねていくことで、今を実感しそしてトラウマからの解放がなされ、人権侵害からの解放が進んでいくわけです。
◆支援の在り方と貧困問題
本当は保護をきちんと受けるべきだったのに、被災したままで地域に放り出されている実態があります。多問題家族でもそうです。地域の中に、支援が必要な世帯という形で放り出されています。これを自立まで持って行こうとすれば、予防や回復の仕組みが必要です。そのためには、私たちの言葉で言えば「参加」と言いますが、自らがそこの中で生き抜いていく力を付けていくということが非常に重要だということです。
児童虐待があった家庭についての東京都の調査データを見ますと、虐待の原因の複合ということがよく見えてきます。ひとり親家庭でかつ経済的困難という状況がみられるケースが非常に多いのです。また経済的困難と孤立、あるいは夫婦間の不和、育児疲れ、こういったものが重なっています。これは被災地ではない都会のデータですが、母子生活支援施設という母と子で入れる施設がありますが、近年入所者の中で非常に増えてきているのがDVによって地域の中で生活ができないということで入ってきた人たちで、それが3割を超えています。
10代の出産の問題に戻りますが、彼女らは子どもと大人のちょうど間くらいの年齢です。行政による、様々なサービスができ始めました。しかし、これを10代の彼女たちが自分で組み立てることができるでしょうか。制度は様々なものがあります。この制度を使いこなしながら、妊娠、出産、子育てを乗り切っていかなければなりません。そうしないと、悲しいことですが、10代の出産は子どもの虐待の大きなファクターになってしまうのです。
例えば10代で暮らしていて、私的な支援を受けることができる人たちは地域で生活をしています。それがない場合は社会的養護施設で暮らすことになります。ところが妊娠すると、その施設から出て、他の施設に行かなければなりません。母子一体型施設であれば子どもと一緒に入りますし、分離型施設であれば子どもを預けるという形になります。そこで支援があればまた地域に戻ってくるし、支援がなければ施設がまた協力していくことになる、そのような構造です。しかし実態としては、地域で暮らしている場合でも実はほとんど支援などなくて、10代ですからあまりきちんとした働き方もできません。そうすると短時間でお金が得られるような水商売をせざるを得ません。今は朝からやっているキャバクラがあり、そういうところで働いている女性たちには、結構子育て中でお金が十分に稼げない10代の親たちが多いのです。キャバクラでも時間給1,700円くらいだそうです。決して高い給料ではありません。1,700円で8時間労働して、税金引かれたら1万円くらいですからね。それで、下手をするとベロベロに酔っぱらって、夕方子ども迎えに行くわけです。あるいは、保育所付きのキャバクラも結構多く、そういうところで昼間働くわけです。25くらいになれば、もう年を取ったということで使われなくなってしまいます。結果的に親子共々食べられなくなって施設に入ってくるというような構造になってしまいます。本当に日本の社会では、なかなか親子で自立していく、子どもが自立していくことが難しい状況にあります。
◆子どもの権利条約と日本社会
子どもの人権を守っていくために、これから日本社会の中でどのように様々な制度を作り上げていけば良いのか、ということをお話ししたいと思います。日本は子どもの権利条約を批准しており、その実施に関し、国連子どもの権利委員会からいくつか指摘されている事項があります。日本政府は先日、婚外子の子どもの差別について新しい見解を出しました。そのように少しずつですが、子どもたちの状況を国際的社会の中できちんと捉えようという動きも出始めています。けれどもご存じのように、子どもの貧困については、日本は今、非常に厳しい状況にあります。ひとり親の場合ですと、貧困率は世界で2番目です。それぐらいひとり親世帯の貧困率は高く、これは子どもの貧困ということの要因になっていくわけです。
子どもの権利委員会は、企業セクターや民間部門がきちんと子どもの人権を守っていくように活動するようにという勧告をしています。今回は詳しく触れませんでしたが、例えばいじめ対策の法律が今年できました。しかし子どものいじめの問題は、法律だけでは解決できません。家庭でも地域でも子どもの生活が総合的に支えられて初めていじめからの脱却も実現できるのです。そのためにはそうしたことを定める基本法や包括的な行動計画が必要であり、これも指摘されているところです。しかし現在のところ、日本社会では、出てきた問題をつぶしていくというような形でしか対策ができていません。こんなにたくさん対策や制度を作ってきたのに、今までお話したような状況は克服できていません。
子どもの権利条約がうたっていることを最後にお話ししておきたいと思います。2002年、今から12年前に行なわれたニューヨークの子どもサミットの中で、一般原則というのが承認されましたが、このときに言われたことが、「あらゆる差別の禁止」ということと、「子どもの最善の利益の確保」ということと、「生命・生存および最大限の発達に対する権利」、今とにかく10歳以上の子どもの死因のトップは自殺ですから、こんな社会がやっぱり許されるわけはありません。そして、「子どもの意見の尊重」がうたわれました。
ユニセフは、「子どもにやさしいまち」を実現するための「建築ブロック」というものを提言しています。子どもの人権を総合化していくときに重要な要素と考えてください。「子どもにやさしい法律」「都市レベルの子ども計画」「子どもにやさしい制度的枠組み」「事前および事後の子ども影響評価」「子ども予算」「市内子どもの状況分析」「子どもの権利の周知」「子どものための独立したアドボカシー」「子ども参加と意見の尊重」です。
諸外国では、皆さんのように人権を司っている部署が子どもの問題の取りまとめ役をしています。例えば、お隣の韓国でも国家人権委員会というのがあり、そこに子どもの権利に関する取り組みのとりまとめ部署があります。そこが全て指令を出していくようになっています。モンゴルでも国家人権委員会というのができました。国を挙げて人権侵害は絶対に許さないという強い決意が表明されそれに対する取組が総合的に行なわれており、その中に子どもの人権もきちんと位置付けていくというのが国際的な流れです。
これが国際的なルールであり基本的な考え方ですが、日本ではまだまだ、子どもの権利条約の具体化については、本当にわずかしかできていません。色々な法律や制度の中に、部分的に記載されているに過ぎない状況です。まだ包括的な法律というものはできていません。ただ、この九州でもいくつかの自治体で子どもの権利に関する条例を作っています。そういう意味では現在日本では自治体主導型で進んでいる状況です。
子どもの権利は、社会に何をもたらしていくのでしょうか。最初にお話したように、自己肯定感が下がっているということが、子どもの人権侵害という状況の一つの表れとして非常に重要な要素でした。自己肯定感を向上させるというのは非常に重要なことです。そして、子どもの権利というのは、大人の子どもに対する見方、接し方を問い直すことによって実現できることです。それから「理想の子ども像」を作らないということも大事です。理想ということと、子育てや保育や教育の目標ということとを混同してはならないということです。そして「子どもってこんなもんだ」というふうな思い込み、決めつけはしないということが重要です。子どもの権利を実現していくということは、子ども同士や子どもと大人、様々な子どもにかかわっている人々の関係を変えたり、良い関係をもたらしたりしていくことです。
今までのような、厳罰主義のような対応では残念ながら子どもたちを回復させることはできません。今日私がお話をしてきたゾンタハウス等の取組について考えてみても、厳罰主義が決して子どもたちに良い影響を与えないということは明らかです。
子どもの育ちや子育て支援に必要な視点として、5つの観点を挙げておきます。「子どもの権利の視点」、「当事者参加」「子どもと子育て家庭のエンパワメント」「市民と行政の協働の視点」「地域での支援の継続性」です。皆さんがなさっている啓発活動、これは非常に大事なことで、やはり市民と行政が力を合わせて初めて子どもの支援というのは重層化していくわけです。隣のおばちゃんや近所のお兄さん、お姉さん、近所の方たちがどれだけ子どもたちに対して温かい言葉や温かい関わりをできる、そうしたことが子どもたちの生きていく地域というものを作り出していきます。私はこのことを被災地の中で非常に強く実感しました。
子どもたちは、もともと病んでいるわけではないので、環境さえがきちんと用意されていけば、必ず回復していくことができます。家庭がダメならば地域がきちんと支える、そういう地域を作り出していかないと子どもは育ちません。もちろん家庭を支えるということはとても大事なのですが、子どもの人権を守り続けていく地域を育てるという視点が非常に重要だと思っています。
今、本当に子どもの人権は、厳しいところに置かれておりますけれども、ぜひ皆様のお力で、子どもの人権を絶対に守り続けていく社会にするための取組を展開していただきたいと思っております。よろしくお願いいたします。どうもありがとうございました。