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人権に関するデータベース

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研修講義資料

京都会場 講義2 平成25年10月30日(水)

「雇用創造革命」

著者
渡邉 幸義
寄稿日(掲載日)
2014/02/03

1:アイエスエフネットグループの御紹介

 ※ここで使用する、『メンタル不全』という言葉は、「抑うつ」状態や「不安」状態を指す

 

 はじめまして。アイエスエフネットグループ代表の渡邉でございます。今日は雇用創造革命ということで、当グループの取組を御紹介したいと思います。

 私どもの母体となる会社はアイエスエフネットといいます。2000年の1月に4人で設立しました。IT業界は大きく分けてアプリケーション開発と通信の2つに分かれるのですが、当社は通信関連の仕事をメインにやっています。いま、携帯電話やコンピューターの通信に関係している会社の成長は著しく、雇用が作れる状況にあります。当社はこの不景気の中でも飛躍的に伸び、来年の新卒の採用はグループ全体で1,200人くらいになりそうです。

 会社を設立したときに、私には一つ心に決めていたことがありました。それはメンタル不全の人を、それを理由にリストラしないということです。なぜかというと、私自身がかつてメンタル不全だったからです。そして差別も受けてきました。私はうつ病とパニック障がいを併発していたのですが、結婚しようとしたときに、病気が子孫に引き継がれないか心配だから結婚しないでくれと言われ、かなりつらい目にも遭いました。今は治っていますが、7年間病気になっていたときに、社会から差別や偏見を受けたため、絶対にメンタル不全者を解雇しないと心に決めました。今から思うと、これがとても大事なことだったのだと思います。
 実は、メンタル不全が原因で差別を受け、就労困難になっている方が数多くいるということがだんだん分かってきました。IT業界はメンタル不全者が多い業界です。
メンタル不全の方は外見ではなかなか分かりませんが、突然会社に来なくなってしまうことがあります。会社というのは1日8時間、1か月20日間、160時間をベースに成り立っていますから、会社に来たり来なかったり、仕事上の報告物がいつ出てくるのか分からないということでは困ります。ですから、メンタル不全の人に対して、次第に周囲の人の目が険しくなってしまうのです。
 そうならないように、対症療法ではなく予防を考える必要があります。適切な対処がなされずに、結果としてメンタル不全から自殺に至るというケースや、生活困窮者になるケースもありますから、このような連鎖をどこかで止めなければなりません。

 

 皆さん、下の一覧をご覧ください。
 20大雇用(ユニバーサル就労)と書いてあります。

【20大雇用(ユニバーサル就労)】
1 ニート・フリーター
2 FDM(注)
注:アイエスエフネットグループでは障がいのある方を「未来の夢を実現するメンバー」として、FDM(Future Dream Member)と呼称している。
3 ワーキングプア
4 引きこもり
5 シニア
6 ボーダーライン (軽度な障がいで障がい者手帳を不所持の方 )
7 DV被害者
8 難民
9 ホームレス
10 小児がん経験者
11 ユニークフェース (見た目がユニークな方)
12 感染症の方
13 麻薬・アルコール等中毒経験者の方
14 性同一性障害
15 養護施設等出身の方
16 犯罪歴のある方
17 三大疾病
18 若年性認知症
19 内臓疾患
20 その他就労困難な方 (難病、失語症、生活保護)

 当グループの従業員約2,900人中1,000人が、この20大雇用のカテゴリーに当てはまるとされています。それはグループ従業員全体の約35%です。当グループでは、この20項目に該当される方に対して、この項目を理由として採用の合否を決定いたしません。その方の履歴書や過去は重視せず、当グループの倫理や哲学を理解し、技術の習得に向けて努力をしていただける方を採用しているのです。

 まず1番から5番までが創業時から雇い始めてきた人たち。2番目のFDMというのは、障がいのある方たちです。私たちは、障がいのある方を「未来の夢を実現するメンバー」として、FDM(Future Dream Member)と呼んでいます。障がい者という呼び方は、障がいのある方の御家族からは使ってほしくないと言われています。「社長、どうかその「害」という字は使わないでください。うちの子どもが何を害したんですか」と。一般的な文脈の中で障がい者という言葉を使用するのは問題ないと思いますが、それが当事者にとって嫌な言葉であれば、できるだけ使わないようにする、そういった配慮が必要だと思います。今日は、便宜上この言葉を使いますが、当グループの中では基本的には使用していません。

 ユニバーサル就労ということで、ここに20項目を並べましたが、様々なことが原因で就労しにくい人たちがいることを知っていただきたいと思います。この人たちは、就労しにくい原因となっている何かのために差別に遭ったり、いじめに遭ったり、偏見に遭っています。いま、当グループにはその“一般的に就労が難しいと”言われている「元就労困難者」だった人たちが約1,000人おります。
 20項目もあるのですが、これをすべて知って対応しなければ、本当の意味での人権擁護にはなっていかないのではないかと思います。20番目にその他と書いてあります。21個目が難病、22個目が失語症、23個目が生活保護です。

 当グループでは、いま生活保護受給者の雇用を進めています。当面、生活保護受給者100人を目標に雇用の機会をつくっていこうと考えています。
 生活保護受給者には一人当たり税金が約400万円使われているそうですが、100人だと4億円。もしこの方たちが当グループで働いたとすると、例えば一人当たり300万円の年収になり、且つ自治体としては税収が増えます。つまり生活保護受給者に雇用の場を提供することで、これまで彼らにかかっていた分の税金を使わずに済み、かつ税収入が増えるわけです。それだけではありません。なによりも彼らに誇りが生まれます。「私は税金を支払う側になったのだ。もうこれで顔をあげて外を歩くことができる」と。
 生活保護を受けるということは、なんらかの理由があってこれまで働けていないわけですから、企業はなかなかそういう人を雇いません。一方、受給者の方も働くことを躊躇(ちゅうちょ)してしまうことがあります。なぜかというと、たとえば、勤め始めて生活保護を打ち切られた後に、体調が崩れ、仕事を続けられなくなったとしましょう。そこで、再度生活保護を受けようとしてもなかなか受けることができないからです。ですから多くの人は生活保護から抜け出せないでいるのです。
 私は生活保護受給者と対峙して、いろいろな話をしました。そしてその胸の内もたくさん聞くことができました。その方々の抱えている問題について一緒に取り組んでいくこと、そしてその問題をできるだけ軽減していくことが大切だと思っています。
 生活保護受給者は怠惰だという人がいますが、すべてがそうではありません。メンタル不全で悩んでいる人、軽度知的障がい者で差別を受けている人、家庭内で家族から暴力を受けている人、DVの被害者で身元保証が取れず、職につけない人など、様々な状況の中で苦しんでいる人たちです。その人たちが自分の力で生活保護から抜けようとしても抜けられないのは、社会のシステムに問題があるからだと感じています。
 そこで現在、ある自治体と一緒に生活保護受給者の自立を促す仕組みをつくっています。生活保護を受給できる権利を得ながら当グループで働いて、3年ぐらいたって本人が「よし大丈夫だ」と思った段階でシフトするという制度です。この仕組みをつくってから、当グループで働きたいという人が一挙に増えてきました。このような心理的な部分まで考慮していかなければ、本当の意味での支援とはいえないと思うのです。

2 :なぜ障がい者を雇用するのか

 当グループは、従業員の約35%が元就労困難者であるにもかかわらず成長を続けています。それは、まさしく彼らが戦力になっているという証拠にほかなりません。
 「社長は、なぜこのようなことを始めたのですか」とよく聞かれますが、最初は、あえて就労困難者を雇おうとは思っていませんでした。しかし、創業当時は4人から始めた小さな会社です。当然、知識や経験のある優れたエンジニアは集まりません。それなら過去や経験にはこだわるまいと考え、人間性を重視し、無知識未経験でも働く意欲のある人を採用しました。その後、彼らの中に元ニート・フリーターやメンタル不全などの障がいのある方がいて、且つ、とても活躍していることが分かりました。その時私は、就労困難な方でも環境さえあれば力を発揮できると確信したのです。
 また冒頭で申し上げましたように、私自身が7年間メンタル不全になり、差別を受けて非常に苦しんだという経験をしています。もしかしたら自分が廃人になってしまうかもしれないという恐怖感にもさいなまれました。そして結婚も危うくなり、あらゆる面でいろいろな制約が出てきました。ですから、会社をつくったときに、メンタル不全の人を絶対に解雇しないと決めたのです。ただそれだけのことです。

 私は外資系の会社にいたときにネットワークインフラの事業をやっていこうと考えました。しかし、2000年の時点では、優れたエンジニアが集まらない上にネットワークインフラについて分かるエンジニアが大変少なかったため、ネットワークエンジニアを育てるところから始めないとどうしようもなかったのです。そのため、履歴書の経歴にこだわらないで採用を行い、その人の人間性をみて採用し、そのあとに教育をしてネットワークインフラのエンジニアへと育てていったわけです。
 社員は5年で約1,000人になりましたが、その1,000人のうちの約35%が1番から5番までの元就労困難者だったという事実に、後から気が付いたわけです。
 残りの約650名は、異業種から来たIT経験のない人たちでしたが、エリートの人もいました。しかし、いわゆる就労困難な状況だった人の方が、圧倒的に意欲が高かったのです。
 「今まで自分が就労困難な状態にあってとても苦しかった。でもこの会社に入ることができた。周りを見たら銀行マンや商社マンがいる。この人たちと一緒に肩を並べてできる唯一のチャンスだから頑張れた」と言っていました。結果として会社はものすごい勢いで伸びていきました。創業から5年で社員約1,000人、10年で約2,000人、13年で約2,900人、来年には中途採用も合わせて約4,500人という、考えられないような成長になるだろうと予測をしております。

 私が一番難しいと感じているのは引きこもりの人たちの就労です。彼らは、現状に苦しみ、社会に出ることを半分諦めてしまっている。いま、引きこもりの平均年齢は40歳ぐらいだそうです。引きこもりは高齢化しています。「登校拒否になった人が引きこもっているんだろう、甘えだ」と一般的にはイメージされているようですが、想像以上に多いのは、メンタル不全で会社をリストラをされ、自信をなくした人たちです。親はだいたい70~80歳です。
 私は3年前に、引きこもりの就労支援を主におこなうNPO法人を設立しました。ほとんどの皆さんは、働く体力がなくなっているので、最初は会社に出て来ても机の前に1時間座っていられれば良い方でした。このような状況ですから中間就労が必要なのです。引きこもり脱出を目指しているNPOはたくさんありますが、安定した就労につながるところは少ないようです。新卒でも就労が難しいとされる社会状況なのに、引きこもっていた人を雇う企業があるか?と考えると、お分かりだと思います。
 そこで、私たちは少しやり方を変えてみました。企業に携わる私がNPO法人をつくり、そのNPOで中間就労した人を会社が雇用するシステムをつくったのです。小中高一貫の学校と同じ考え方です。
 日本には引きこもりの人が約70万人はいるといわれていますので、人数だけを見れば少ないかもしれませんが、私たちはこのようなビジネスモデルをつくりこれまで100人ぐらいの方が就労できました。
 この引きこもりの方の中には、親御さんも苦労を共にしている場合もあります。3年前に、この取り組みがテレビに取り上げられたとき、放送の次の日に日本中から電話がかかってきて鳴りやみませんでした。電話の主の多くは70歳以上の母親です。「子どもがもう10年以上引きこもり、アルコールを飲み、私たちを殴りつけ、退職金も年金もなくなった。このまま出口がなければ私たちは死ぬしかない。社長助けて欲しい」という方もいらっしゃいました。そこから話を進められた数人がNPOに通うことができましたが、NPOの運営にはどこからもお金が出ていないので、寄付を募りながらやっています。

 次は5番目のシニアのお話です。国はいま、高齢者が要介護状態にならないように、「健康の増進」を国のミッションの一つに掲げています。
 私たちは、要介護1~2の人の体力を、約2年間のプログラムで鍛え、シニアの雇用につなげるプログラムを始めました。要介護になると介護者が必要になります。つまり、要介護者に税金がかかるだけではなくて、介護している若い労働力が失われることを意味します。そこで、シニアの方に元気になって頂き、再び働いていただくことで納税者になってもらうというビジネスモデルです。シニアの方は重度の障がい者の支援員として適任ですから、彼らが数多く働くようになれば、生きがいもできるし、とても良い循環が生まれてくると思います。

 

 次に、雇用者のサイドからDVの被害者の話をさせていただきます。ある日、DV被害者のシェルターの代表が当グループに来られ、DV被害の現状を話してくれました。それを聞いた私はシェルターを見せていただきたいとお願いしたのですが、シェルターというのは厳重な機密で守られていますから通常は行くことができません。諦めかけていたのですが、先方の御好意で特別に見せていただくことになりました。そこで私はたいへん大きな衝撃を受けたのです。
 そのシェルターの隣には薬物依存症やアルコール依存症の自助グループが併設されていたので、なぜなのか聞いてみると、DV被害者の中には、薬物依存症やアルコール依存症になってしまう方が多いのだそうです。それもショックでしたが、前の日にシェルターに逃げ込んだ親子の話を聞いてとてもやりきれない気持ちになりました。その子どもは罪もないのに生まれたときから父親に殴られたり、罵倒されたりして育ってきたのです。そんな家庭環境の中で育った彼女は、うつ病になってしまったのです。
 DVを受けてきた女性や子どもの約8割がメンタル不全になっているといわれています。
 シェルターに一時的に避難すると生活保護が受けられますので、そういう面では制度が整ってきていますが、その後が問題です。なぜかというと、母親は生活保護が受けられますがその子どもは受けられないからです。
 私はよく、企業の経営者にこういう質問をすることがあります。「皆さんのところに、ある入社希望者が来ました。この人は住民票を持っていません。そして身元保証もありません。かつメンタル不全の診断を受けています。この人を雇う方、手を挙げてください」と。誰も手を挙げません。
 つまり、DVのある家庭で育った子どもたちは、親を選ぶことも働く先を選ぶこともできない。何も選ぶことができないということです。この社会が大きな差別構造になっているのではないかと思います。
 私は当グループの就業規則を変えて、「DV被害と認定された方、ないしはDV支援団体の代表者から認定された方は、基本的には住民票と身元保証は要らない」として、彼女を雇うことにしたのです。
 企業の中で人権への配慮をすることが大切です。その人が持っている困難を、会社がルールを変えて取り払うことも大事なことですが、それと同時に、精神的な配慮が必要です。彼女は、子どもの頃から父親に罵倒され殴られて育ちました。ですから私は、彼女を女性しかいない部署に配属し、ことあるごとに褒めちぎりました。ただ褒めるのではありません。褒めちぎるのです。そうすることによって、彼女はだんだん自信をつけていき、毎日会社に出て来られるようになっていきました。今では元気に働いています。

 次は、ホームレスです。ビッグイシューというホームレス支援をしている会社と組んで、ビッグイシューの販売員であるホームレスの人たちを当グループの営業に入ってもらって訓練しています。訓練を積んだ人の中には当グループに入社する人もいます。こうした新たな雇用も進めています。

 

 次は、小児がん経験者とユニークフェースの方です。小児がん経験者の中には、薬の副作用で成長が止まってしまう人が4割ぐらいいます。いわゆる小人症(こびとしょう)です。ユニークフェースとは、たとえば、髪の毛や眉毛の色素がなかったり、顔にあざがあったり、病気で頭の形が変形していたり、見た目による差別を受けやすい人たちです。
 当グループにいるユニークフェースの人と、小人症の人は、みんなこれまで就労していませんでした。皆さん大変優秀な資格を持っていますし、性格もとても良い人ばかりです。普通だったらすぐ採用されます。しかし、いままで採用されなかったということは、これは明らかに間接的な差別があったと私は思っています。

 企業は効率を追い求めます。効率を追い求めるとき手間のかかる人がそこにいてもらっては困るのです。たとえば、出産や子育ての問題があります。出産や子育てについて会社側が配慮しない限り女性の社会進出は難しいわけですが、昔はそういった配慮を「面倒くさい」と言っていた企業もありました。今は法制度がしっかりしたので、露骨に面倒くさいとは言われないのですが、周囲の面倒くさそうな目があるわけです。ほとんどの女性がこの視線を感じながら仕事をしていました。ですから真面目な人であればあるほど居づらくて、もうこの会社を辞めようかなと思うわけです。会社に制度ができたとしても、会社の社風が変わらない限り、抜本的な解決にはならないということです。

 当グループには難病の人もいます。ある女性が私のセミナーに来て、「社長、働かせてほしい」と言うのです。「私は再生不良性貧血という難病です。昔は白血病といわれ不治の病でした。今は長く生きられるようになりましたが、血を入れ替えなければならないので1週間2日しか出勤できません。この2日も体調が悪くて来られない日があるかもしれません。でも、社長、私を営業で雇ってください」と。これは難題でした。けれど、彼女が、「私は難病指定を受け、なんとか生きていくことはできますが、生きる意味を求めて働きたいんです」と言ったとき、そこにいたメンバーだれもが、ハンマーで頭を殴られたような感じでした。私たちは働くことなんて当たり前で、日々の仕事の中で文句を言うことはあっても、働けることがありがたいなんてことを発言するまではできていませんでした。とても感動したので、彼女には働いてもらうことにしました。そんな素晴らしい人たちが当グループにはたくさんいます。

 他にも感染症、麻薬・アルコールなどの依存症経験者、性同一性障害と、いろいろな方がいらっしゃいます。 今年のはじめ、当グループに性同一性障害の方が面接に来られました。性別はまだ男性なのですが、心は女性です。その方は結婚されていまして、子どもがまだ15歳。子どもが20歳にならないと法律上の問題があって性別を変えることはできません。
 しかし、本人はもう耐えられなくなって、前の会社にいるときに、勤務中にいきなり上司に「私は女なんです。女性の服装を着させてください」と言ったそうです。そうした結果、退職することになったのだそうです。退職を余儀なくされること自体おかしいと思うのですが、そういう経緯で当グループに来たわけです。面接にはもちろん女性の恰好をして来ました。普通に働けるので当然私たちの会社では合格です。
 ところが、入社に当たってその人から頼まれたことが2つありました。一つは、女性の名前に変えさせてほしいということです。これはワーキングネームということでなんとか対応し、名前を変えることができました。しかし、もう一つは少々難しく、「女子トイレが使いたい」という頼みです。これはやっかいです。戸籍上は男性ですから。しかし、本人は苦痛らしく、もう女性の恰好をしていますから男性のトイレにも入れないわけです。
 そこで弁護士に聞いてみました。過去の判例では、「性同一性障害と認定されており、その組織内の合意が得られれば女子トイレは使えます」ということでしたので、朝礼で女性陣に、「この方は女性トイレを使いたいのですけれど、誰か反対の方がいたら手をあげてください」と言いました。誰も手をあげない。そこで、「ここでは手をあげにくいですよね。嫌だったら私の専門メールアドレスに連絡してください」と言いましたが、誰からもメールはありませんでした。その方はいま普通に働いています。

 当グループには、オフィスの中を歩いていると体育座りで泣いている人や会議室でワーッと泣いている人もいます。こんなシーン、皆さんの職場にありますか? 当グループを普通じゃないと思ったら、それは大きな間違いです。皆さんの組織が普通じゃないのです。こういう人たちは人口の約6%います。そのような人たちを採用していないから、職場でこのようなシーンを見ないだけなのです。

3:障がい者雇用にかける情熱~美点凝視の経営

 当グループの社員は、会社に入って、それまで会ったことがないような人と初めて出会って、最初は怖いと思うらしいのですが、でもそのうち慣れてくるのです。慣れてきた先に何があるかというと、相手に対する思いやりです。
 いま会社の全部門に障がい者がおります。たぶん世界でもこのような配置をしている会社は数少ないと思います。法務部にも、人事部にもいます。ちなみに当グループには障がい者が、社員約2,900人中400人います。

 障がい者には配慮が必要なのです。たとえば、てんかんを持ってる人もいるわけですが、周りの人はてんかんが起きたときの処置を知っています。当グループでは、障がいのある方について、一人ひとりのカルテを作成しています。このカルテは親御さんなど御家族からいただいた情報を元に作られています。
 障がい者雇用の一番大きなポイントは御家族との対話です。御家族の存在を考えずに障がい者雇用を簡単に推し進めるのは大きな間違いだと思っています。御家族の苦しみ、御家族が受けてきた偏見、いわれのない差別を受けてきた経緯などについてお聴きし、そうした中から信頼関係を作っていく。これが大事なポイントです。
 このような過程の中で、私たちは、健常者の雇用と、障がいのある方の雇用とは、まったく違うということが分かってきました。健常者の御家族は、子どもが会社に入ってお給料をもらうようになったら自立したと考えますが、障がい者の御家族は違います。例えば障がい者の親御さんは、親が動けるうちに、なんとか子どもが一人で生活していけるようになることを自立と考えます。
 障がい者雇用というのは、職場に入ったときがスタートです。知的障がい者であれば、あるレベルまで行くのに10年かかる方もいるのです。10年という長い時間を一緒に歩いていかなければいけない。これを、御家族との対話を繰り返しながらやっていくのが障がい者雇用なのです。多くの企業では、せっかく入社した障がい者の40%が1年以内に退職してしまうというデータがありますが、それでは障がい者雇用とはいえないと思います。
 私は障がい者雇用を、大企業の方にも勧めていますが、初めからとりあってくれない人も中にはたくさんいます。障がい者は身体障がい者だけだと思っている方もいました。障がいには発達障がいも、精神障がいも、知的障がいもあるわけで、発達障がいだけでも何種類もあります。それを、障がい者イコール身体障がい者というのはあり得ないことであって、もうすこし障がいそのものについて、正しい情報を経営者の皆さんに知っていただけたらと心から思います。

 

 当グループにはアスペルガー症候群の男性が働いています。その中のある男性は、何でもはっきり言うため学生のときにものすごくいじめられたようです。僕はその男性の横にいると、スーツのポケットのフラップが片側だけうっかり中に入っていた時など「社長だらしない」なんてよく文句を言われました。社員から見たら気持ちいいみたいですよ。私に対しても躊躇なくはっきり言ってくれるから。このアスペルガー症候群の社員を以前褒めた時のことです。とうとう一人暮らしを始めたので、「自立の第一歩だね、おめでとう。よく自立できたね」と言った瞬間、彼はムッとしたのです。「社長、僕はプライベートのことを言われるのは大嫌いなんだ。誰に許可を取って言ってるんだ」と言われました。プライベートへの干渉が彼にとっての“こだわり”だったのです。
 よく専門家はアスペルガー症候群の人はこだわりがあってコミュニケーションが苦手だといいますが、アスペルガー症候群の人が20人いれば20人のこだわりがあるので、一人ひとりのことをよく理解して配慮していくこと以外にないと思います。それが差別をなくす第一歩ではないでしょうか。

 

 当グループは月に1回、「御家族と語る会」をやっています。これは障がい当事者の方の御家族を対象にした見学会です。親御さんなどが当グループに見学に来ることで、自分の子どもの将来に明るい夢を持ってもらうためにやっている会です。見学会に来たほとんどの方が驚かれます。障がいのある方が、障がいのない方に教えているからです。ですから、私はこの場では健常者、障がい者という言葉は使いたくないのです。
 見学が終わった後、90%の親御さんは「うちの子には無理だ」とうなだれてしまいますから、そこへ重度の知的障がいの男性と私が一緒に名刺印刷の御紹介をするのです。彼と私とで掛け合い漫才みたいな会話が始まります。私が彼に、「社長のこと大好き?」って聞くんです。すると、「大好き」と彼が答えます。さらに「どこが好き?」と聞くと、「全部」。「なんで好き?」「お菓子くれるから」。
 この段階で親御さんたちは顔を上げるのです。「うちの子より重い。うちの子より重いのに、うちの子よりすごい」と。自分の子どもより障がいの重い子が何年もかけて、これだけのことができるようになるのであれば、うちの子もできるようになるかもしれないと思うと、すごく親御さんは希望を持てるのです。
 名刺印刷の紹介をした彼は書道8段の腕前です。彼のお母さんは書道家です。お母さんに、「いつから教えていますか?」と聞いたところ、「6歳から教えている」と言っていました。6歳から10年間かけて、彼は何と8段になりました。 障がいを持った子どもの親御さんというのは、この子が社会に出るための術を何とか付けてあげたいと悪戦苦闘をしています。彼の親御さんも10年かけて書道を教えてきたのだと思います。それなのに、当グループに入ってきたとたん、「字なんて関係ないよ。君、シュレッダーかけて」なんてやりたくないのです。お母さんが10年かけて身につけさせてきたこの字を活かしていきたい。思いのバトンを受け取りたいと思っているのです。ですから、この名刺の「名前」部分を彼に書いてもらい、お給料に反映しています。この名刺を見たお客さんが、「これ良いね、うちも発注しようかな」と言って発注してくれています。彼は重度の知的障がい者ですが、時給900円以上。来年には更に上がります。おそらく彼があと10年たって36歳のときに年収は約300万円になるでしょう。社会福祉法人で重度の障がい者はまず雇われていません。彼がもし社会福祉法人に雇われたとしても月7,000円程度です。私がなぜ25万円の月収にこだわるかというと、親御さんが求めている給料だからです。親御さんは自分が死んだあとに、この子の強みを生かして何とか生きていってほしいと思っている。この親御さんの思いを私が引き継いできました。

 ここでもやはり最も大事なのは、御家族との対話なのです。徹底的に親御さんと対話をしていくことによって、その人が持っている特性がすごく良く分かります。でも残念ながら親御さんから得た情報は100%ではないのです。会社に来ると環境が変わるので、この中でまたいろいろな問題が起こってくるわけです。ですからカルテを作るということが、偏見や差別をできるだけ減らしていくことにつながるわけです。結局汗をかかない限り、時間をかけない限り、良い結果にはつながらないのだと私は思っています。

 以上で終わらせていただきます。どうもありがとうございました。