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研修講義資料

名古屋会場 講義6 平成26年10月3日(金)

「当事者の視点から見る ~HIV・エイズの現状と人権をめぐる諸問題から~」

著者
高久 陽介
寄稿日(掲載日)
2015/03/16

 特定非営利活動法人日本HIV 陽性者ネットワーク・ジャンププラス代表の高久と申します。本日はさまざまな人権課題の中からHIV・エイズを取り上げてお話ししたいと思います。HIV・エイズというのは、1980~1990年代のエイズパニックのときに恐ろしい病気としてのイメージが定着したという人がいる一方、若い世代になってくると、「そういった病気が昔はあったよね」という人や、全然知らないという人まで、本当にさまざまです。
 日本では1980年代に薬害エイズで感染が広がったことがありました。血液製剤の中にウイルスがあったのですね。それを加熱しないで患者さんに投与したためにHIV感染が広がり裁判になりました。その裁判で原告の方々が国に勝ったということもあり、治療という点では、日本は世界の中でも最も恵まれた国になっていると思います。一方、最近ではHIV・エイズが、メディア等で取り上げられる機会が減ってきているので、皆さんのHIV・エイズに対する情報やイメージをちょっとアップデートしていただく時間にしていただければと思います。
 私は現在38歳ですが、25歳のときに保健所に行って検査を受けてHIVということが分かりました。この病気になって感じるのは、この病気のことを率直に話せる人がなかなかいないということです。しかし、そういうことがずっと続いてしまうと、さまざまな不利益があるということを今日はお話ししたいと思います。

【HIV・エイズ基礎知識】

 最初に基本的なことをお話ししておきたいと思います。HIV・エイズの基礎知識です。HIV・エイズというようにまとめて言われますがHIVというのはウイルスの名前です。人間には免疫があります。これが通常はさまざまな雑菌などから身を守っているわけですが、イメージとしては、HIVに感染すると、その免疫をHIVが食べてしまうという感じです。そのため、このウイルスが急激に増えて免疫が急激に減るのです。しかし少し時間が経つと、免疫が立て直してウイルスをやっつけるという時期がありますので、ちょっと発熱するくらいの人や症状が出ない人もいます。その後しばらく潜伏期間があり、急性感染期というところで発熱等があった後、何年間か症状が全くないという時期があります。つまり、「感染したかな?」という不安を感じて検査に行かない限り、自分では分かりにくいというのがこの病気の特徴です。しかし、この病気をずっと放っておくとだんだん免疫力が下がり、ウイルスが勝ってきてさまざまな病気にかかりやすくなります。
 この免疫はCD4という値なのですが、健康な人でもかなり差があります。300~400ぐらいの人から1,000以上の人まで体質によりますので一概には言えませんが、エイズに関して言えば200を下回ってくると、通常かからない病気にかかるようになります。一般的にこの世の中にあるいろいろなウイルス、雑菌にやられやすくなってしまうということです。エイズ指標疾患の1つ以上が明らかに認められる場合にエイズ発症疾患と言われ、これで医学的にエイズと認定されます。お医者さんでもエイズの可能性を見抜けないことがしばしばあります。日本の中ではまだまだ珍しい病気というように扱われていますので、すぐに見つけられず、HIVの検査をしなかったり、違う治療を施してしまうということが起きています。

(HIVの治療)
 かつては治療法がなくHIVに感染したら基本的には「死」を想定するということが世界的に共通の認識だったのですが、1996(平成8)年に、ある種の薬を幾つか組み合わせて飲むことによってウイルスをずっと叩き続けるHAART療法が確立されました。それによりウイルスの活動を押さえて、免疫の回復を待つことが可能になったのです。しかし、病気を完治させるところまでの治療技術には至っていません。当分この病気は死ぬまで薬を飲み続ける病気だと思っていいと思います。
 服薬にも副作用等があるのですが、毎日欠かさず飲むことが基本です。例えば80~90%くらいの服薬率になってくるとウイルスに耐性ができてしまいます。きちんと治療をせずに中途半端にしていると薬が効きにくくなってくるのです。
 治療が開発された当初は副作用が結構きつくて、本当に手のひらいっぱいの薬を毎日飲んで、それでも効いたり効かなかったりという時代があったようですが、今は一日2錠か3錠、一番新しい薬だと一日1回1錠というものまで開発されています。副作用も軽減されているので、その辺はかなりよくなっていると思います。ただし、薬が登場して日が浅いということもありますし、やはり人の体は毎日同じ薬を飲んでいるとだんだん痛んできますので、内臓疾患などいろいろな症状がでることもあります。また一部の薬は神経に差し障るような副作用や睡眠障害もあるので、中にはつらい思いをしている人もいます。

(HIV感染者数・AIDS患者数)
 日本には厚生労働省の下にエイズ動向委員というものがあり、HIVと判明した場合には、医師が都道府県に届け出をするという仕組みになっています。今、日本にどれくらいのHIVの人がいるかというと、HIV感染者数とエイズ患者数を合算した人数になります。保健所で検査をしたり、あるいは病院で手術の前に血液検査をして調べてみたらHIVが入っていたとか、発症はしていないけれどもHIVであることが判明したというような人をHIV感染者と呼んでいます。一方、エイズ患者の方は、エイズ指標疾患の1つ以上が明らかに認められる場合にエイズと診断されます。新規のHIV感染者が1,200人弱ぐらい、新規のエイズ患者数が500人。それを合算した数は、1,500~1,700人ぐらいです。
 「先進国の中で、唯一日本だけがHIVが増えている」というような記事を読んだことがあるかもしれませんが、あれは半分うそです。なぜかというと、例えばアメリカでは毎年HIVになる人が1~2万人ぐらいいますが、日本人は増えているといってもせいぜい1,500人ぐらいだからです。
 次は、どの世代に感染が広がっているかを見てみましょう。20歳代が一番多く、次が30歳代、その次が40歳代というような感染の広がりです。そしてこの病気の特徴は、いわゆるゲイの男性同士による性感染がボリュームゾーンになっているということです。
 次に人数を累積すると、日本ではだいたい今2万5,000人ぐらいいると言われています。この統計には亡くなった人の数が入っていないので、実際にはもう少し少ないかもしれません。1996(平成8)年以降治療法が確立して、医療へのアクセスが非常によくなったので、恐らく今後、HIVで亡くなる人は、それほど多くはないと思います。
 もちろん発見が遅れて、本当に手が付けられなくなって亡くなるという方も年に数十名はいますが、多くの場合は元気に働くことができて日常生活に戻っています。

 

【「エイズ」「HIV」と聞いてどんなイメージが思い浮かびますか?】
 HIV・エイズの感染経路は、次の4つと考えて差し支えないと思います。1つめは精液や膣液による性感染です。コンドームを使わない性行為による感染がメインです。これは単純に血液や精液の中にウイルスがあるために感染するものですから、同性間であろうと異性間であろうと感染は起こります。2つめは、注射器の共用。注射器を使う場合、医療機関においては、注射針は使い捨てですけれども、薬物などを使う人たちの間ではドラッグを回し打ちすることがあります。本当は薬物使用者への取組がとても大事なのですが、注射針使用に関しては日本の法律上の問題なので介入が難しいところがあります。国によっては注射針の交換を公的サービスにしている国もあります。そうすることによって、HIVから人々を守ることが国にとってプラスになるという発想です。3つめは、HIVの混入した血液による輸血や、非加熱血液製剤を使用したための感染です。以前、輸血用の血液にウイルスが入っていたという事件がありました。また、血友病という自分の中で血小板などを生成できない先天的な病気を持っている人たちが、定期的に非加熱製剤を投与して治療をしているのですが、ウィルスの入った血液が加熱されていなかったため感染してしまったこともありました。日本の場合は、日本赤十字が、健康な人に血液を提供してもらう“献血”を行っていますが、外国には、売血といって血を売りに来る人たちがいます。その血液の中にウイルスが入っていることがあるのです。加熱処理すれば問題あるませんが、非加熱製剤が使われていたため血友病の人の間でエイズが広がったという経緯があります。4つめは、母子感染です。お母さんがHIV感染者だとしても、きちんと薬を飲んで帝王切開で産むことによって、99%くらいの確率で子どもに感染させずに出産することができるのですが、その技術のある医療機関が少ないために、恩恵を享受できる人が限られてくるのです。HIVに感染している女性たちは、子どもを産んで育てるためには周囲の理解が欠かせないとよく言っています。お姑さんやお母さんから「何で母乳をあげないの?」と言われたりするのではないかと不安で、なかなか産めない人もいるようです。女性の場合、妊娠の検査で婦人科に行ったときにHIVに感染していることが分かるケースが多いようです。アフリカなどでは、経済力や女性の権利が弱いために、HIVに感染していることが分かっていても普通分娩で出産せざるを得ず子どもに感染してしまうケースがあります。
 HIV・エイズに感染しているかどうかは、見た目では分かりません。日本では、2万人以上のHIVの人がいますが、普通に暮らしているので本人が言わなければ分かりません。また、HIV・エイズは、日常生活ではうつりません。例えばトイレやお風呂の共有、鍋を一緒に食べる、握手やハグで感染することはありません。キスもほとんど感染することはありません。日常生活で危険があるとすれば歯ブラシやカミソリを共用することなどです。HIVは、感染力がとても弱いといわれています。蚊から感染することが気になる人もいるかもしれませんが、それもありません。ペットや動物を媒介することもありません。床屋や病院も、まともに衛生管理がされていれば、そこで感染するということはありません。

 それではここで、最近のHIVに関するニュースを見てみましょう。神戸新聞の記事です。兵庫県が、男性同士の性行為によるHIV感染などの啓発活動をしました。それ対して、県議が「行政が率先してホモ(セクシュアル)の指導をする必要があるのか」などと発言して、「差別的で、見識がなさすぎる」と批判されたというものです。私は、この県議の発言がこの病気に対する世間の一つの見方ではないかと思います。なかなか正しい知識だけでは解決しないという問題があります。
 もう一つは、高知新聞の最近のニュースです。高知市内で暮らすHIV陽性者が昨年、歯科診療所で受診した際に感染の事実を告げたところ、歯科医師からその後の診療を断られたという記事です。多くの場合は泣き寝入りするのですが、最近はそれをきちんと問題提起する当事者も出てきています。
 問診票にHIV陽性者であると書かなくてもHIVに感染している可能性があります。また、他のウイルスを持っている可能性もあります。そのようなことを考えると、歯科だけではなく、血液や粘膜などを扱うような病院では、基本的な感染症対策が必要なはずです。ところが実はなかなか難しいようで、エイズの人の治療はできないと思い込んでいるお医者さんはまだまだたくさんいます。高知県は人口が少なくてHIVの人も少ないので、この歯科医は把握していなかったようですが、こういうことは基本的にはあってはいけないことだと思います。
 もう一つは福岡県の話です。総合病院にお勤めの看護師が大学病院で検査を受けて、HIVであることが分かったのですが、その情報を本人に無断で大学病院が勤務先の病院に伝えたために、勤務先から休職を迫られたということです。この看護師は両病院を訴え裁判を起こしました。先日病院側が一方的に敗訴しましたが、病院が控訴してまだ裁判が続いています。上司から「感染させるリスクがなくなるまで休職してほしい」と言われたそうですが、全く非科学的な対応だと思います。病院側から「90日以上休職すると退職扱いになるがやむを得ない」と告げられたとありますが、厚労省の指針では「HIV感染を理由に就業の禁止や解雇をしてはならない」となっています。
 自分の方から上司にHIVであることを告げて問題なく働いている人もたくさんいますが、HIVであることを告げたことによって、「職場に来ないで」と言われたり、派遣社員やアルバイトだと一方的に契約を切られるといったことが今でも起きています。日本看護協会が2010(平成22)年に、「HIVに感染した看護職の人権を守りましょう」と呼びかけをしていますが、なかなか理解が進みません。エイズ啓発の難しさを感じます。

(感染告知時に抱いていたHIVのイメージ)
 HIV検査については全国の保健所で無料、匿名で検査ができ、医療機関でも有料で検査ができます。最近では民間業者が販売している検査キットというものもあります。年間6~7万件くらいの利用があるということが最近分かってきました。そして献血がきっかけで判明する場合もあります。献血では検査をしてHIVであることが分かっても本人には伝えないという原則がありますが、実際にはお医者さんが伝えることがあります。
 私たちは、239人のHIV陽性者に対して、HIVであることが分かる前の段階で、HIVに対してどのようなイメージや知識を持っていたかということを、アンケート調査しました。それをまとめて「239人のHIV陽性者が体験した検査と告知」という冊子を発行したので、次にこの冊子の中からお話しします。
 皆さんはどうでしょうか、HIVの知識を持っていれば、HIVを防げると思いますか? 私たちの調査では、検査を受けるときに「HIVがセックスで感染するものである」、「HIVを予防する方法がある」と知っていた人が大半を占めています。それなのに感染してしまったのです。
 この病気のリスクを知りながら検査に行けない理由の1つは、やはりこの病気が怖いからだと思います。「HIVになったら終わり」というイメージがあるから、知らない方がいいと思ってしまう。特に若者はそういう感覚ではないかと思います。
 また、HIVの治療費が高額であると思っていた人が非常に多かったです。実際には平均的所得の人で月額医療費の自己負担分がだいたい1万円が上限になります。これはHIVが身体障害者手帳の認定に入っていることと、自立支援医療制度を組み合わせた形だからです。治療費を払い続けて生活ができなくなるような金額にはならないように制度設計がされています。一定額以上の治療費は国が負担することになっているのです。しかし、その手続きをしなければなりません。例えば、自分で身体障害者手帳を取りに行く必要があります。手続きの窓口に知り合いの人が働いているような場合、そこに行けないという人もいます。大きな病院ではソーシャルワーカーがいるので、代理でお願いすることもできますが、そのような説明がされていない場合、我慢して自費で高額な医療費を払ってしまう人もいます。説明がなければ、自立支援医療制度があることをほとんどの人が知らないのが実情です。
 実際に検査に行って陽性と分かったときのお話しをします。HIVの検査を受けに行って2週間後に結果が出るわけですが、その間にいろいろなパンフレットを読んでみました。その中にHIV陽性だと分かった人たちの話がたくさん出ていて、「いきなり死ぬ」だとか、「生活が大きく変わる」といったことはないことが分かりました。2週間後に陽性と分かって、もちろんショックは受けましたが、パンフレットを読んでいたので、そこで取り乱して仕事を辞めるだとか、親に話すといったことはしなくて済みました。最近は、検査をしたその日に結果が出るようですが、心の準備ができていないうちに結果を聞いて動揺をしてしまう人もいるかもしれません。そういうところがちょっと心配です。
 HIVの予防啓発も保健所等を中心に行われていますが、「感染したらおしまい」というメッセージの発信はやめて欲しいと思います。12月1日は世界エイズデーなのですが、例えば東京都では、ポスターをつくるときに恐怖のイメージを与えるようなポスターにならないよう選考基準があります。私たちもそれくらいの気を遣わなければいけないと思っています。これはイメージの病気なのです。多くの人が、「HIVだと分かったとき、すでに人生は終わったと考えて退職しようと思った」、「恋愛やセックスをあきらめなければいけないと思った」と言っています。本人にとっては絶望的なことだと思いますので、そういうイメージを広めないでください。
 もう一つ、セクシャリティの問題があります。多くの場合、男性同性間で感染しているというところが、差別的な対応につながっているのではないかと言われています。感染症法の関係でHIVが分かったときには、「あなたの感染経路は何ですか」、「どのようなことで感染したと思いますか」と聞かれます。これは基本的に答えないといけないわけですけれども、そのときに男性間でセックスをして感染したと答えた人は66.9%でした。しかし、私たちのアンケートで感染経路を聞くと84%が男性同士でした。今エイズ動向委員会では感染経路を把握ようとしていますが、実際にはこれだけズレがありますし、正しく把握することは難しいと言われています。HIVの対策を考えたときに、ゲイ男性向けの啓発が非常に大事だと思いますが、その対策費も削減されていて今後はますます厳しいのではないかと思います。ゲイ男性の人たちの声は聞きにくいのですが、このようなことを研究している方々もおられるので、そういうところと連携して問題に対応していかなければいけないと思います。

【HIV陽性者を取り巻く医療環境の現状】
 次は、医療環境です。エイズのことを専門的に診ている病院は別として、医療者だからといって必ずしもHIVのことをよく知っているとは限りません。
 基本的なことをお話しておくと、HIVの治療は1996(平成8)年にウイルスを押さえる治療法が確立しています。薬害エイズの裁判などがあって、エイズの治療拠点病院をきちんと設けようということになっています。全国では今370~380か所くらいありますが、実際にHIVの診療ができるのは半分以下で、HIVを診られる先生はいないことが多いです。県によってはHIVを診られる病院は1つか2つというところではないかと思います。また、エイズの治療拠点病院以外でHIV・エイズの治療、あるいはその他の疾患の治療を受けるのはまだまだ難しい状況です。
 昔は、エイズというのは死に直結する病気という気持ちで治療をしている人たちが多かったと思います。本当にさまざまな副作用がつらくて、薬を中断する人もたくさんいました。しかし、今は、長生きができる病気になってきていて、最近では、早く治療を始めた方がいいという方針に変わってきています。ウイルスを押さえるのですから当然感染させるリスクが減ってくるので、その意味でもメリットがありますし、健康な状態を維持していれば周囲にHIVになってしまったことを言わなくて済みます。
 現在は、1日1回、または1日2回薬を飲んで生活をしている人が多いです。それから1~3か月に1回病院に行くことが私たちの生活スタイルになっています。通院の中で私たちが感じている問題点があるとすれば、近所の人と会ったときにHIVが分かってしまうのではないかという心配があります。

【HIVに感染した人は「健康」ではない?】
 それでは、HIVに感染することは、果たして健康ではないということなのでしょうか。WHO(世界保健機構)では、健康について次のように定義されています。「身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態であり、たんに病気あるいは虚弱でないことではない」。
 当事者側の健康観についてはかなりばらつきがあります。比較的前向きに考えている人の中には、「検査値が異常でも『健康』と考えて差支えないことが分かった。『健康』の定義は、体だけでなく、精神、社会とのかかわり等、もっと複雑であることがわかった」という意見や、「HIVでも健康に生きていると実感できている」という人たちもいます。
 この病気になって考え方が変わったという人が大変多いです。「生きているという意識ではなく生かされているという意識に生命観が変わった」、「健康そうに見えても自分たちのように内部に障害のある人もいるのではないかと想像できるようになった」、あるいは「健康のありがたみを感じられるようになった」。
 この病気にかかるのは若い人が多いので、HIVにかかって初めて病気を実感する人が結構多いのです。また一方ではネガティブな意見もあります。「長期的に服薬をしなければいけないので、いつまで体が持つのか心配だ」、「健康な振りをして生きているということが非常に負担だ」という人もいます。

【エイズ専門の病院(エイズ治療拠点病院)があるから大丈夫?】
 医療環境という部分でいうと、「治療拠点病院があるので大丈夫でしょう」と思われている方もいるかもしれませんが、本当にそうなのでしょうか。HIV・エイズ以外の病気や怪我で医療機関を受診した場合、そこでHIVであるということを伝えられたかどうかを聞きました。これは本当に分かれていました。伝えたという人、伝えていないという人、それからケースバイケースという人が、それぞれ1/3ぐらいいました。
 伝えたという人は、事前に紹介状を書いてもらったり、事前に伝えてもらったりしています。それ以外では待ち時間に問診票の既往欄にHIVと記している人や、診療のときに直接伝えているという人も結構います。このときに「診療を拒否された」、「差別的な対応を受けた」という人がそれぞれ1/4くらいいました。一方伝えなかった人は、「差別的な態度や言動を受けることが不安だから」、「HIV陽性であることを伝えるのは抵抗があるから」、「治療を拒否されることが不安だから」という人が多いです。中には「伝える必要がない」という人もいます。
 次に、一般の医療機関や福祉施設でHIV陽性者の受け入れがなぜ進まないのかということです、医療機関やお医者さんは病院のことをよく知っていると私たちは思っていますが、実際にはそうとは限りません。最近は拠点病院だけでHIVの患者を診ていくということが不可能になりつつあります。東京や大阪などの都心部では一部の医療機関で何百人、中には千人以上診ているところがあります。このようなところは、恐らく簡単なやりとりだけ診察が終わってしまうことが多いのではないかと思います。
 一般の医療機関で診療を拒否するクリニックや病院もあります。例えば院長先生が拒否する病院もあれば、スタッフが拒否する病院もあります。何人かのうちの1人が拒否反応を示すと、そこで診療が受けられなくなってしまいます。いま、各地の拠点病院の先生方が努力をされ、一般の医療機関でも診てもらえるように診療協力病院を探しているところです。一部の都道府県ではそういう制度を自治体で持っているところもあります。自治体に問い合わせると診療してくれる病院を教えてくれます。これは人権的観点でも非常に大事なことではないかと思いますので、ぜひ今後広がっていくことを願っています。
 もう一つは、スタンダードプリコーション(標準的な予防対策)にコストをかけたくないという医療機関もあります。手袋を換える、針を捨てる、使い回しの器具は確実に滅菌するとういことは誰に対しても行わなければならないことですが、これを実行していないところがあります。HIVの人や肝炎の人が来ると、急に防護服を着たり手袋をしたりするわけですけれども、HIV陽性と分かっていなくても実は感染している人や、より感染力の強い肝炎のウイルスを持っている人などが来たときに全くリスク回避ができません。
 また、風評被害を心配している病院もあります。患者のプライバシーを保護していれば、風評被害が起こるはずはないのですが、診察を拒否する病院は、「HIVの患者さんが来ていると分かると他の患者さんが来なくなってしまう」と言います。これは本当に言いがかりではないかと思います。
 他には、「針刺し事故が心配だから」と診察を拒否する場合があります。これは実際に心配すべきことなので、対策の載っているURLをご紹介します。
 http://www.acc.ncgm.go.jp/doctor/eventSupport.html
 医療機関ではうっかり注射針が体に刺さってしまったという場合に、その人に素早く抗HIV薬を飲んでもらうことによって事故によるHIV感染リスクをほぼゼロにできることがこのURLに書いてあります。感染症への理解というのは一般の医療機関ではあまりないので、「HIVの患者さんはうちでは診られません」となってしまうわけです。実際にHIV陽性者の方々からもさまざまな差別事例が来ています。例えば、ある30歳代の男性が、「救急車に乗ることがあり、持病としてHIVのことを伝えたところ、救急隊員の態度が急に変わって消毒を始めたり口調が冷たくなった」、「HIV診療とは別の病院で、ポリープの手術をしたときに、他の患者との接触を禁じられて個室での治療となった。看護師もとても気を遣って接していた」。こんな必要はないのですが急に特別になってしまいます。「入院費の保険請求をしようと思いましたが、地域密着型の外交員がいるので病名を知られるのを防ぐために断念しました」。これは私も同じような経験があります。今は親も知っていますが、当時は親に伝えていなかったので、そんなことを考えました。他の事例では、「看護師として働いているが、退院後は臨床現場で働くのは難しいと言われて事務の仕事をすることになった。その後上司が替わってまた臨床に戻るように言われた」とあります。本当にその人の思い込みのレベルで扱いが全然違うという事例です。また、「市の福祉課に歯科の紹介を頼んだが紹介できる歯科がないと言われ、昔住んでいたところまで通院している」。本当に、一般の病院で診てもらえるようになるのが理想的なのですが、現状では多分難しいのではないかと思います。診療協力病院を都道府県の方で探していただければ大変ありがたく思います。

【治療と仕事】
 次に仕事です。この病気は基本的に血液の検査をして薬を毎日飲むだけですから、治療をしながら働くということが大原則になっています。しかし、就職の際や職場でHIVであることを言うと、いろいろな思いをする人もいます。40歳代の女性は、「日和見感染(健康な人には感染症を起こさない微生物が原因菌となり発症する感染症のことをいう)の人が多数出たため、無期限出社停止処分を受けた。理由は『他人に感染させる』というものであり退職した」。これは完全に違法です。しかし、このようなケースはだいたい本人が泣き寝入りしています。自分が悪いのだと思ってしまうのです。こういう話を聞くととてもつらいです。また、「直接人と接触しない部門に配属になった」という人は公務員です。40歳代の男性は、「職場でHIVの話になると、みんな『気持ち悪い』と口をそろえて言うので、絶対に隠し続けなければいけないと思った」と書いています。実際に当事者を目の前にして石を投げるような行為は、今ではないと思いますが、隣にHIVの人がいるとは思わないで「気持ち悪い」などと発言する人もいます。それからゲイの男性だと思いますが、「何度も結婚のことを切り出されて常に言葉を濁している」という人もいます。皆さんも職場で「君、まだ結婚しないの?」などとは言わないようにしてください。これはセクハラになります。40歳代の男性が、「前の勤務先の産業医より、『人事部長と社長には陽性である旨を知ってもらう必要がある』と高圧的に伝えられた」と書いていますが、産業医でHIVのことを全然分かっていない人が多いです。「感染症だから、会社の偉い人にはきちんと知っておいてもらわないといけない」と短絡的に思ってしまう人がいますが、その必要はありません。「慢性肝炎の社員に対しても同じ対応をするのか」と、この人は憤りを感じています。
 学業の場でも同じです。「学生時代に退学を勧められた。医療系の専門学校であったため」とか、これから就職しよういう人が、「面接のときに感染経路まで聞かれた」というケースもあります。HIVは障害者認定になっているので障害者雇用という働き方もあるのですが、実際に障害者雇用を担当しているハローワークや人事担当者がHIVをきちんと理解していません。面接に行った人が自分で説明しなければいけないことが多いのですが、「何で感染したの、相手は男なの? 女なの?」といったことまで聞かれてしまうこともあります。「障害者面談会でHIVと分かった後、相手の態度が変わって話を聞いてくれなくなった」と書いている人もいます。海外の話をしますと、国によってはHIVであると入国できないという国があります。「海外在住中の検査で陽性判明し、それ以降二度と入国できない状態」で、それまでの職種での仕事の継続ができなくなっている人。「ハローワークの面接窓口でも病名を伝えたら素っ気ない対応になった」と、繊細に感じている人もいます。

【誰かに伝える】
 ここまでお話するとだいたいお分かりかと思いますが、HIVというのは、まさに偏見の問題があるわけです。そこで私たちは、「人とつながる、社会とつながる」という冊子を作成しました。その一部をご紹介したいと思います。
 HIVになった人は周りの人にどれくらい知らせていると思いますか。まったく誰にも知らせていないという人は極少数で、多くの人は周囲の誰かに話しをしています。エイズを発症して入院したような人ですと、やむを得ずカミングアウトをしたという人もいます。圧倒的に多いのは友達です。家族にはあまり伝えていません。HIVという病気そのものもそうですし、8割ぐらいがゲイなので、自分のセクシャリティのことを家族に知られてしまうのが嫌だという人が多いです。HIVは性感染症ですから付き合っている相手に伝えたという人が多いですし、昔関係があった人にも一定数伝えています。

【セックス・セクシュアリティ】
 人口の中にどれくらい、ゲイやバイセクシャルの人がいるのかを調査したエイズ動向委員会の研究があります。20~50歳代の男性に、無作為で人口比に応じて8,000件くらいを郵送して2つのことを聞きました。男性との性交渉の経験があるかどうか、これは2.0%。同性に性的魅力を感じたことがあるかどうか、これは4.3%ということでした。おおよそ3%ぐらいがゲイ・バイセクシュアル人口でないかと言われています。他の国でも日本でも調査されていますが、だいたい3%という数字が出ます。ゲイ・バイセクシュアル男性の中で、1%ぐらいの人が既にHIVに感染しているということです。ゲイコミュニティに帰服しているような人にとって、HIVはそれほど遠い病気ではなくなってきているのではないでしょうか。
 思春期の子どもたちが、学校や家庭の中で、同性愛について何かしら学ぶ機会があったかというと、ほとんどの人が一切学んでいないと答えています。宝塚大学の日高先生の調査で、学校の先生を対象にしたアンケート調査があります。
 LGBT(レズビアン、ゲイ・バイセクシュアル、トランスジェンダー)を授業に取り入れた経験があるかと聞いたところ、ほとんどの先生が「ない」と答えていました。授業に取り入れない理由としては、「教える必要性を感じる機会がなかった」、「同性愛や性同一性障害について先生自身がよく知らない」、「教科書に書かれていない」、「指導要綱に書かれていない」、「教えたいと思っているが教えにくい」といった理由です。人によって自分がゲイであるということに気づく年齢はさまざまですが、多くの人は思春期の性の目覚めとともに、ゲイであれば、「自分は男の人が好きかもしれない」と思うわけです。しかし、そのときに何の情報もない。「自分は異常なのではないか」という思い込みから抜け出すのに何年もの時間がかかる人もいます。それは、思春期に性教育をするか否かによって大きな違いがでてくると思います。
 この調査では、「結婚のプレッシャーを感じた経験がある」という人が半数近くいます。基本的には男女が愛し合うものであるという社会の構造の中で、親や職場、あるいは友達から「結婚しないの?」と言われたり、お見合いを勧められる。また、「男性とのセックスをした後に罪悪感を覚える」という人も38.7%います。罪悪感を感じる必要はないのでしょうが、異性愛前提の社会の中で育っているので、こういう感覚を持つ人が多いのす。それから実際に思春期に、「ホモ・おかま・おとこおんな」といった性的指向に関する言葉の暴力を受けたという経験がある人も半数以上います。

【なぜ、男性同性間の性的接触でHIV感染が広がるのか?】
 では、なぜHIVがゲイの間で広がっているのか、これを科学的に客観的に考えてもらいたいと思っています。まず1つは男性同士でのアナルセックスが一般化しています。もちろん女性の膣でも感染リスクはありますが、肛門は感染しやすい、傷付きやすいということがあります。思春期の子どもたちは、避妊具であるコンドームを病気の予防のために使うという基本的なことを学習する機会がありません。学校でも家でも教えない。大人になってセックスをした相手がコンドームをつけない人であれば覚えられません。そのために、なかなかコンドームを使うところにたどり着きにくいという背景があります。コンドームについては本当に大事なことなのですが、普及がとても難しいです。私などは、コンドームの付け方ぐらい書いたポスターを作ったらいいのではないかと思うのですが、それでは学校に貼ってもらえないので、ふんわりしたポスターになりがちです。特に、ゲイ男性向けの予防啓発の活動に力を入れないと、この病気の5年後、10年後は危ういものだと思います。大人になってからでも教えていかないといけないということです。
 また、セックスの相手の数が多い、回数が多いということもあります。貞操観念が薄いです。日本では同性婚が認められていませんから、性交渉の相手が多いというところを責めても始まらないのではないかと個人的には思います。
 その他に、差別された経験のある人が多いため、被差別意識やそこから来るメンタルヘルスの低下があります。実際にセックスの場面で相手に断ることができない、愛されたいから相手の言うとおりにしてしまう、そのような心理が働いているのではないかと言われています。また、自尊感情が低く、自分を大事にしなくなる。長生きしたくなければ「どうでもいいや」と自暴自棄になってしまうのではないかと思います。
 最近では薬物の問題がかなり関係してきています。薬物の自助グループなどと連携し、回復のプログラムというものを今後深めていく必要があるのではないかと思っています。

【HIVの予防は… ウィルスをもっている人もいない人も同じ】
 最後に改めて、HIVの予防というのはウイルスを持っている人も、持っていない人も同じような対応をする必要があるということを御理解いただきたいと思います。
 今日は皆さんに客観的にこの病気を理解してほしいと思いましたので、できるだけ多くのデータを用意しましたが、もっときちんと知りたい、きちんと読み直したいという方は日本HIV陽性者ネットワーク・ジャンププラスのウェブサイトにアクセスしてください。
 http://www.janpplus.jp/
 また、ぜひ地域の行政区の疾病対策(エイズ対策)の方ともこの話を共有していただければと思います。本日はお時間をいただきましてありがとうございました。