人権に関するデータベース
研修講義資料
「インターネットを悪用した人権侵害」
- 著者
- 佐藤 佳弘
- 寄稿日(掲載日)
- 2019/07/10
皆さん、こんにちは。私は、情報文化総合研究所の佐藤です。どうぞよろしくお願いいたします。本日は、「インターネットを悪用した人権侵害」というテーマでお話をさせていただきます。
今やインターネットは、子どもから大人まで誰もが使う道具になりました。この利用者の拡大に伴って、ネット上でのトラブルや事件、犯罪もまた多く発生するようになって来ています。今日のテーマである人権侵害もその中の1つになります。ぜひ、今日のこの研修で得た知識をこれからのお仕事に役立てていただきたいと思っております。
さて、この会場がある福岡市中央区ゆかりの2人の有名人、女性アナウンサーの生野陽子さんと『サザエさん』の長谷川町子さん、どちらの方がより知名度が高いでしょうか?ネット検索をすればぐに分かります。生野陽子さんを扱っているウェブサイトは46万7千件、それに対して長谷川町子さんを扱っているウェブサイトは43万4千件で、僅差でありますが、現時点では毎日のようにテレビに出演されている生野陽子さんの方が、より多くの人の話題に上がっていて知名度が高いのではないだろうか、と予想できます。
この方法は私たちにも適用できます。俺の方が有名だ、いや私の方が知名度が高いということになりましたら、その場でスマホを出して検索すると、すぐに決着がつきます。ただし、この方法では同姓同名の方も含まれています。それぞれのウェブサイトを訪れてみると、自分の同姓同名がどこで何をしているのかを知ることが出来ます。このように自分の名前が載っているウェブサイトを見ていて、もしも無断で住所氏名を掲載されていたり、また誹謗中傷を受けていたり、あるいは市民の方からこのような相談を受けたなら、どのように対処したら良いのだろうかということを考えながら、私の話を聞いていただきましたらありがたいです。
今日は、お話を3つに分けて進めさせていただきます。最初にネット社会の現状としまして、インターネット上で発生している人権侵害の数をご紹介します。そして2番目に、ネット上での人権侵害としまして、インターネット上で発生している人権侵害にはどのようなものがあるか、最新の情報と事例をもってご紹介をします。そして3番目に、安心・安全のネット社会にするために、法整備はどうなっているのか、もしも被害に遭ったならば、あるいは市民の方から相談を受けたならば、どのように対応すべきなのか、ということをお話させていただきます。
【ネット社会の現状】
東京都墨田区では2012年に東京スカイツリーが開業しました。そのため、それまで現役で働いていた東京タワーと電波塔の新旧交代になりました。東京タワーは今から60年前に建築された電波搭です。皆さんは60年前、どちらで何をされていましたでしょうか。年齢から60を引いていただき、もしマイナスになる方は、その頃の社会を想像してみてください。
東京タワーが建築中だった60年前、もちろん携帯電話はありません。スマホもありません。インターネットもありません。しかし、技術の粋を集めて、日本一のタワーを建築中だった事もあり、その頃の子ども雑誌には盛んに未来社会が描かれていました。このまま技術が進歩したならば、こんな社会が訪れるのだと描かれていました。当時、私は北九州市におりました。私が見ていた子ども雑誌には、人々を高速で運ぶ鉄道、今で言うリニア新幹線のようなものが描かれていました。教育関係では空飛ぶスクールバスが描かれ、未来の子どもたちはこんなバスに乗って学校にか読んだと書かれていました。このまま技術が進歩したならば、50年60年後には病気もない、犯罪も無くなっている、誰もが笑顔で暮らす薔薇色の社会が来るのだ、と描かれていました。
そして、時が経て想像していた時代に、私たちは到達しています。確かに、技術は社会を発展させてきました。医療技術が発達し、直らなかった病気が治るようになりました。輸送技術が発達し、より多くの人をより遠くへより速く運べるようになりました。放送技術が発達し、地球の裏側で行なわれているオリンピックでさえ、リアルタイムに観ることが出来るようになりました。印刷技術が発達し、誰もが新聞・雑誌・本を読めるようになりました。通信技術が発達し、遠く離れた人とも会話が出来るようになりました。そして、エネルギー技術が発達し、どこのご家庭でもふんだんに電力を使えるようになっていました。ところが、それぞれの技術はそれぞれに事故や社会問題も引き起こして来ています。
様々な技術がある中で、本日はインターネットに絞ってお話します。インターネットに絞っただけでも、多くの問題が発生しています。今日のテーマでもあるネット人権侵害もそうです。インターネットへの大量の個人情報の流出、ネット上にある著作物をパクってしまう著作権侵害、ワンクリック詐欺に代表される詐欺、有害違法サイト、迷惑メール、コンピューターウィルス、出会い系サイト、不正アクセス、スマホ中毒…。リベンジポルノやなりすましメールやさくらサイト商法などなど、書き上げていきますと既に40を超える問題がもたらされています。
インターネットは、多くの問題を引き起こしています。そして、多くの方が被害を受けています。被害を受けた方は警察にも相談を寄せています。今、全国の警察に寄せられるネットトラブルの相談件数は年間13万件に達しています。一番多い相談内容は詐欺悪質商法、2番目が迷惑メール、そして3番目が、毎年1万件ほどあるネット上での名誉毀損、誹謗中傷、すなわちネット人権侵害です。
警察に寄せられている相談件数1万件は、警察に相談した方の数だけです。警察に相談をせず、お友達に相談した方、家族に相談した方、あるいはネットで誹謗中傷を受けながら誰にも相談をせずに悩んでいる方がいることを考えると、年間1万件というのは氷山の一角であり、遥かにもっと多くの方がネット上の人権侵害の被害を受けているだろうということを容易に想像することが出来ます。
【ネット上での人権侵害】
一口にネット人権侵害と言いましても、様々な形があります。それらを分かりやすく分類すると9つに分類できます。
1.名誉毀損
2.侮辱
3.信用毀損(役員・従業員に対する誹謗中傷や、扱っている製品やサービスに対する悪評をネットに書いて信用を毀損すること)
4.脅迫
5.さらし(ネット上に個人情報やプライバシーを無断で書き込むこと)
6.ネットいじめ
7.児童ポルノ
8.ハラスメント
9.差別
差別の被害を受けている方は様々です。代表的な被害は同和問題(部落差別)ですが、他にも外国人の方、障害者、性的マイノリティの方など様々な方が被害を受けています。どの分野も重要ですので、全てお話したいところですが、今日は地方公共団体の職員の方々が参加されていますので、市民が最も相談を寄せる可能性がある「さらし」の分野を取り上げます。
【安易な投稿によるさらし】
ネット上での人権侵犯事件は6年連続で増加中です。平成29年は2,017件の人権侵犯事件が発生しています。その中で最も多いのは、プライバシー侵害です。特殊な一部の方だけが被害を受けるのではなくて、一般の方々が被害を受けているのです。市民の方々のネット人権侵害の相談で最も可能性が高いのは、プライバシー侵害なのです。無断で個人情報を書き込まれている、私の私生活上のことを書いてある、そのような相談が最も多く寄せられていることを、ぜひ知っていただきたいと思います。
プライバシー侵害はなぜ起きるのでしょう。いくつかの原因がありますが、残念なことに、ご本人自らの安易な投稿が「さらし」被害を招いています。その事例をいくつか紹介します。
子どもたちは、友達を増やそうと思うのか、安易に自分の写真をネットに掲載したり、投稿することがあります。スマホやパソコンの画像編集アプリの性能はすごいです。着衣姿、つまり洋服を着た姿の写真さえあれば、簡単にヌード写真を作ることが出来ます。その写真がいたずらで掲載されます。このような被害に遭わないようにするためには、ネットに個人情報を掲載しない、自分の写真も投稿しないことが基本のキです。しかし、自分が掲載しないようにしていても、完全にこの被害を防ぐことは出来ません。なぜかというと、関係者が掲載してしまうからです。
SNS花盛りの中、お友達や関係者の写真を無断でネットに掲載しています。一般の方々が被害者になり、また加害者にもなっています。SNSに写真を投稿する人は自分が一番良く写っている写真を選びます。しかし、一緒に写っている人にとっては、載せて欲しくない写真の場合があり、トラブルになっています。
勝手にタグ付けして写真を公開した場合もトラブルになっています。タグ付けは、フェイスブックの機能です。タグ付けで写真を投稿すると、友達の友達に公開されます。友達は友達ですが、友達の友達は赤の他人です。赤の他人に写真をバラまく行為がタグ付けなのです。
SNSに投稿された写真にコメントを書くことが出来ます。「一緒に居る女だれ?」とコメントされて傷ついた、という方もいます。
ネットに写真を無断で載せると悪用されて友達が被害に遭います。例えば、キャバクラのチラシや出会い系サイトのプロフィル写真に使われます。5ちゃん掲示板(昨年までは2ちゃんねるという名前でした。)に写真を持っていかれて笑い者にされています。また、セフレ(セックス・フレンド)募集のおとり写真に使われる被害もあります。ご本人だけでなく、使われた友達も被害を受けるのです。
このような話をすると、「私はSNSに投稿する時、友達限定で公開しているから、大丈夫!」と言う人がいますが、とんでもない誤解です。友達限定として公開した場合、自分の投稿が届く人を限定しているだけで、その人方が持っているネットワークを遮断しているわけではありません。その先のネットワークに拡散することは、SNSでよくあるトラブルなのです。
皆さんは、「六次の隔たり」という言葉を知っていますか?例えば、私のスマホのSNSに44人の友達が登録されているとします。その友達44人にもそれぞれ44人の友達が登録されているとします。そして、その先の友達もそれぞれにまた44人が登録されているとします。これを6回繰り返していくと、私は何人と繋がっていることになるでしょうか。72億5600万人と繋がっていることになります。世界人口に匹敵する人数です。もっと少ない数23人で計算しても、6回繰り返すと1億4300万人です。日本の人口に匹敵する数が繋がっているということになります。
実際にフェイスブック社がフェイスブックに友達登録をしている15億9000万人のユーザーを使って検証しています。フェイスブックの友達登録されている人を1人取り出して、全く無関係のもう1人を取り出します。この2人が繋がっているかを検証したところ、その2人は必ず繋がっていて、その間にいる人間は平均4.57人でした。SNSの空間の中では目に見えませんが、SNSの利用者全員がネットワーク上で繋がっていると認識したほうがよろしいようです。
写真を投稿するということは、悪人たちに「どうぞ悪用してください」、と差し出しているのと同じなのです。
【不適切投稿によるさらし】
不適切投稿がきっかけとなったさらし被害も多く発生しています。特に子ども達の悪ふざけ投稿です。悪ふざけの写真が炎上すると、誰が投稿したのかという個人情報の「暴き」が始まります。匿名で投稿していてもネットワークの調査力で投稿者の個人情報(住所、顔写真など)が明らかになり、ネット上に曝されてバッシングを受けます。これは、デジタルリンチと言われます。皆さんが最初にデジタルリンチを知ったのは、アイス・ケースに入った悪ふざけ写真の事件ではないでしょうか。この事件は、コンビニのアイス・ケースに入った悪ふざけ写真をフェイスブックに投稿し、これが炎上しネット上で曝されてバッシングを受けたというものです。どこのコンビニなのかもすぐに明らかになり、その店はフランチャイズ契約を解約されるという大きな被害にあいました。
ネット上の悪ふざけ投稿で等は、投稿した本人だけではなく、所属する組織も大きな被害を受けます。この蕎麦屋の事件も皆さんご存知かと思います。蕎麦屋のアルバイト学生が食洗器に頭を突っ込んだり足を突っ込んだりした悪ふざけ写真をツィッターに投稿し、炎上しました。もちろんどこの大学の誰なのかも暴かれますし、どこの蕎麦屋なのかもネット上ですぐ暴かれてしまいます。その結果、保健所から営業停止の処分を受け、結局、倒産するということになってしまいました。アルバイト学生の悪ふざけ写真は、「ごめんなさい」で済まされない事態を招きました。
もう1つご紹介します。大学生が無銭飲食をして、逃げながら「逃走中なう」とツィッターに投稿し炎上しました。炎上するとどこの誰なのか、すぐに暴かれます。この大学生は、大学名、学科名、学年、氏名そして顔写真までネットで曝されて、バッシングを受けました。大学はもちろん指導しますが、教育的な指導が終わりましたら、学業に復帰することが出来ます。
しかし、ネットに載るとそれだけでは済まされません。就職活動に入った場合、採用担当者は、採用予定者をネットで素行調査をすることが常識です。調べられると無銭飲食で逃げた人間だとすぐバレてしまいます。無銭飲食は犯罪行為です。犯罪行為を犯した人間を社員にしたいか?ということになります。また先々結婚することになった場合に、無銭飲食で逃げた男だと分かったら、先方のご両親は快く家族として迎え入れてくれるでしょうか。
ネットに残してしまった悪ふざけ投稿は、いったん拡散するともう消すことが出来ません。これをデジタル・タトゥーと言います。ネットに残した刺青です。ことある毎に検索をされ、社会的な制裁が一生続くことになるのです。人の噂は75日です。しかし、ネットに残されたデジタル・タトゥーは、一生消えません。ネットには怖い言葉がります。「死ぬまで消えない、死んでも消えない」。
子ども達もスマホを持ち、SNSを使っています。悪ふざけ投稿、自慢話、武勇伝をネットに安易に投稿し、いったん拡散したらもう消せません。コンビニのアイス・ケースに頭を突っ込んだ写真を投稿したり、線路に立ち入った写真を投稿したり、未成年なのに喫煙したりビールで乾杯したりする写真をネットに載せると、大変なことになります。ぜひこの危険を子ども達に伝えたいものです。
【リベンジポルノによるさらし】
何の落ち度もないのにネット上に曝される事件もあります。腹いせ・仕返しでさらされるリベンジポルノです。付き合っていた相手が別れた腹いせで付き合っていた時のプライベート写真をネットに載せる「さらし」です。皆さんがリベンジポルノを知ったのは、三鷹の女子高生ストーカー事件だろうと思います。ストーカーのあげく女子高生を殺害した容疑者は、付き合っていた時のプライベート写真を投稿していました。今でもまだ残っています。せめてもの防衛策は、付き合っている相手にプライベートな写真を撮らせないことです。
日本の女性に行なった調査結果では、6人に1人がプライベート写真を撮らせた経験があると答えています。大変多くの方が、被害者予備軍になっています。子ども達にも多いのです。実は三鷹のストーカー殺人事件の後、ウェブ・カウンセリング協議会の相談窓口に、たくさんの人たちがリベンジポルノ被害の相談を寄せました。ほとんどが中高生です。付き合っている彼から頼まれて、嫌われたくなくてプライベート写真を撮らせてしまっているのです。おそらく本人は気が付いていないのでしょうが、ネット上には、元カノだけでなく今カノの裸の写真が山ほど投稿されています。放置すれば、時間と共に多くの人に見られるのです。
【違法性を主張できない書き込み】
安心・安全なネット社会にするための法整備はどうなっているのか、「さらし」のような被害を受けた場合、また市民の方々から相談を受けたならば、どのように対応すべきなのかをお話します。
様々な悪質書き込みの違法性には3種類あります。1番目は、違法行為になっていないものです。2番目は、違法性はあるのだけれども、直ちに対処することが難しいものです。そして3番目に、明らかな違法行為であるため直ちに対処されるものです。
初めに、違法行為でないものを紹介します。それはプライバシー侵害です。私生活上のことや、ご本人が隠していることを無断でネットに書き込むということはもちろんプライバシー侵害です。しかし、プライバシー侵害は違法行為ではありません。刑法に、プライバシー侵害罪はありません。違法だとする根拠の法はないのです。つまり、人の学歴、病歴、年収を無断で書いても、女性問題をバラしても、法的にそのような行為を禁止することも、や制限することも、罰則を与えることもできません。ただし、損害賠償請求は可能です。しかし、プライバシーを侵害されたとして民事訴訟で損害賠償請求しても、損害賠償金よりも裁判費用のほうが何倍もかかります。
個人情報の無断掲載も違法ではありません。個人情報保護法があるはずだと気が付いた方は勘が良いですが、残念ながら個人情報保護法が対象にしているのは事業者です。ネットの一般利用者は対象外です。ネットの一般利用者が町内会名簿をネットに掲載しようとも、卒業生名簿や何万人の住所録をネットに載せようとも、そのような行為を法的に禁止することも制限することも罰則を与えることもできません。
できることは何か。それは載せないでくださいとお願いするしかないのです。ただし、損害賠償請求は認められています。ところで、悪徳業者や地下に潜った名簿業者の間で、皆さんの個人情報は幾らで売買されていると思いますか? 5円ぐらいです。多くの個人情報が流失しているので、個人情報の価格相場はもっと下がっています。
では、氏名・住所・生年月日・性別の4情報が流失したとしていくら損害賠償請求出来ると思いますか?過去に判例があり、その時の司法判例が相場になっています。1人あたり損害賠償金は1万円です。それよりも裁判費用のほうが遥かに高いことを覚悟の上で訴えることになります。
写真の無断掲載はどうなのでしょうか。SNSには多くの写真が無断で載せられています。写真を無断で掲載する行為は肖像権侵害です。しかし、残念なことに、肖像権侵害も違法行為ではありません。刑法に肖像権侵害罪はありません。日本には、肖像権保護法なる法律もありません。肖像権侵害を違法行為とする根拠の法はないのです。
プライバシー侵害も個人情報掲載も肖像権侵害も違法とする根拠の法がない。そのため、SNSに無断で写真を掲載されても、罰則を与えることも禁止することも制限することも出来ないのが現状です。賠償請求は認められています。しかし、それよりも遥かに高い裁判費用が掛かることを覚悟の上で、訴えることになります。
違法であるとする根拠の法がないものは、違法行為とすることが出来ません。刑事告訴して刑罰を与えることが出来ません。つまり、プライバシー侵害や個人情報掲載、肖像権侵害、写真掲載等は、ネットを利用する利用者のモラルに委ねられているのです。人々のモラルに委ねることの危うさは皆さんがよく御存じのはずです。歩行喫煙がこれだけ言われているのに、いまだに歩行喫煙がなくならない。飲酒運転がこれほど言われているのに、いまだになくならない。人々のモラルに委ねることの危うさは、ネット上にも反映されています。
【違法性があっても対処が難しい書き込み】
違法性の根拠となる法は一応あるのだけれども、対処が難しい悪質書き込みがあります。名誉毀損の書き込みです。刑法に名誉毀損罪があります。損害賠償請求も出来ます。刑事告訴も損害賠償請求も可能ですが、相手が自分の社会的評価を低下させたことを証明する必要があります。そのための時間も手続きも手間も費用もかかります。
また、侮辱も侮辱罪がありますので、一応法的には違法性があります。しかし、名誉を害する行為であったことを証明することになります。
脅迫についても、刑法に脅迫罪がありますので、違法性はありますが、刑事告訴には難しい問題があります。私は先日、ある女性から相談の電話がありました。その方は再婚した女性で、元妻から「お前を殺してやる」、「家族を殺ってやる」という脅迫のメッセージが送られてくるそうです。彼女は警察に相談に行きました。もちろん相談にのってくれましたが、具体的な危害を加えられていない場合、つまりネットに書かれただけでは優先順位が低いのです。実際にケガを負わされたり金品を奪われたりした被害者の方が優先されるので、ネット上の脅迫に対して警察の方はすぐに対処することが難しい状態のようです。
写真の無断使用は、著作権法がありますので、著作権法違反になります。著作権法違反は親告罪です。つまり、被害者が訴えない限りは犯罪にならない犯罪に属しています。
【違法性が明らかな書き込み】
明らかに違法行為になる書き込みに、ポルノ画像があります。児童ポルノは児童ポルノ禁止法(正式名称:児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律)があります。罰則もありますし、削除もされます。先ほどご紹介したリベンジポルノもリベンジポルノ被害防止法(正式名称:私事性的画像記録の提供等による被害の防止に関する法律)があります。この法に基づいて削除されますし、罰則もあります。また、猥褻画像は刑法175条でわいせつ物頒布等の罪になります。刑罰があります。
しかし、市民の方々が持ってくる相談には、このような違法性が明らかなものよりも、プライバシー侵害、個人情報の無断掲載など、対応が難しい問題の方が多いということはお分かりになるのではないでしょうか。
【プロバイダー責任制限法】
ネット上の悪質書き込み等に対応するために出来た法律、プロバイダー責任制限法(正式名称:特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)を紹介します。2002(平成14)年に施行されました。この法に基づいて、悪質書き込みに対して削除の要請が出来るようになりました。削除を要請する申請書も整備されました。どなたでも手に入れることが出来ます。ネットからでもダウンロードできます。削除申請がされれば、プロバイダー側は対処します。しかし、ほとんど消されないと思ってください。削除は義務付けられていません。申請を受けたプロバイダーは調査して、削除するかどうかを決めます。その時の判断基準は、明らかな違法性です。違法性が明らかな場合は削除しますが、違法性を直ちに証明できない場合は削除を回避します。なぜかと言うと、違法性が明らかでない書き込みをうかつに削除すると、発信者から表現の自由を侵害されたとして逆に訴訟されるリスクを負うからです。
この法律は、相当の理由がある場合にはプロバイダーが書き込みを削除しても、損害賠償責任を負わないとした法律なのです。相当な理由とは違法性です。
違法性がある書き込みならば、削除しても免責するとした法です。決して被害者や私たち一般利用者を守る法ではなく、プロバイダーの責任範囲を限定的にした法なのです。それは法の名前によく表れています。プロバイダー責任制限法、つまりプロバイダーの責任範囲を制限した法律なのです。直ちに違法性を証明出来ない書き込み、法廷に持ち込まないとハッキリしない書き込みなどについてはプロバイダーは消しません。
その他に皆さんにご紹介しておきたい法律は、差別関係のものです。差別解消三法と言われる法が2016(平成28)年に相次いで施行されました。それは障害者差別解消法(正式名称:障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律)、ヘイトスピーチ解消法(正式名称:本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)、部落差別解消推進法(正式名称:部落差別の解消の推進に関する法律)の3つで、差別解消三法または人権三法とも言われています。今日は、ヘイトスピーチと部落差別について話をしたいと思います。
【ヘイトスピーチ解消法】
ヘイトスピーチは人種差別です。国連の人種差別撤廃委員会が日本政府に対して法律で規制するように勧告しました。この勧告を受けて議論されて出来たのが、ヘイトスピーチ解消法(正式名称:本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)です。この法律は、ヘイトスピーチデモを規制していません。これは基本法であり理念法の位置付けにあるからです。つまり、禁止事項や罰則事項を含んだ実効性のある法を生み出すための法なのです。そのため、現在のところは罰則事項や禁止事項は入っていません。このヘイトスピーチ解消法に基づく国内法が出来たら、その法律によって禁止されることと思います。
2020年に東京でオリンピック・パラリンピックが開催されます。外国から選手やお客様がたくさん来られます。絶好の機会ですので、当然のことながら、活動団体はヘイトスピーチデモを計画しています。東京都は、条例(正式名称:東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例)を2018(平成30)年9月1日に条例を議会に提出し、10月15日に成立しています。この条例により、東京都が管轄・管理している敷地や公民館、公園内でのヘイトスピーチ集会を規制出来るようになりました。しかし、道路は別ですので、デモは出来る状態です。2年後のオリンピック・パラリンピック開催中に競技場や体育館、選手村の周りでヘイトスピーチデモを出来る状態になっているので、危惧されているところです。皆さんも東京オリンピック・パラリンピックに注目していただきたいと思います。
【部落差別解消推進法】
部落差別解消推進法(正式名称:部落差別の解消の推進に関する法律)についても触れさせていただきます。この法律はネット上での人権侵害、同和問題(部落差別)も視野に入れて作られた法律です。そのことは第1条に表れています。「情報化の進展に伴って」というフレーズがわざわざ入れられました。これはネット上での地名リスト掲載や同和関係の差別書き込みを意識したものです。この法律には、ポイントが5点あります。
まず、1点目に、名称に「部落差別」という言葉を入れた初めての画期的な法律になります。しかし、2点目として、この法律には部落差別の定義がありません。およそ法律というのは、その法律が適用する対象を定義するものです。この法が議論された衆議院法務委員会の議事録を見ると、この点が問題になっています。「定義していないのはおかしいのではないのか」という質問に対して、自民・公明の議員は「社会通念上明白だから敢えて定義しない」という答弁で押し通し、結局定義がないまま成立をしています。定義されていないことが時限爆弾になっています。
そして、3点目に、この法律も理念として作られた基本法の位置付けにあり、罰則事項や禁止規定は盛り込まれていません。
4点目に、国と地方公共団体の責務を明記しました。第4条に相談体制を充実すること、第5条に教育計画を推進すること、第6条に、国は地方公共団体の協力を得て部落差別の実態調査を実施すること、としました。第6条の主語は国です。各地方公共団体が主体になってネット上のモニタリング調査をしろ、としたものではありません。ここで時限爆弾が現れます。定義されていないものを調査しなければならないという自己矛盾に陥るのです。
第5点として、この法律には立法根拠がないという反対意見が根強くあります。法務委員会でもある党は強く反対しました。成立後も、部落差別は解消している、差別の実態はない、この法律は部落差別を固定化するものであるという根強い反対意見があります。禁止事項、罰則規定がありませんので、残念ながらこの法でネット上の差別書き込みの削除をさせることは出来ません。違法性がハッキリすればプロバイダーも削除できますので、早く禁止法なり救済法が出来ることを願っています。
【書き込みの常時監視義務】
ブログや掲示板を提供しているサービス事業者側には悪質書き込みを監視する義務はないのでしょうか。例えば、駐車場を提供している側には駐車場で事故や違法行為がないように監視義務があります。公園を提供している側には、公園で怪我を負わないようにする安全管理義務があります。
しかし、プロバイダー等には書き込みを常時監視する義務がありません。プロバイダー責任制限法(正式名称:特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)を運用するためのガイドラインがあります。法務省と関係団体が作ったガイドラインです。そこには「プロバイダー、サイト管理者、掲示板管理者に監視義務はない」と明記されています。現時点では、サービス提供側は常時監視をしなくて良い状態になっています。
つまり、ネット上の書き込みは、法規制なし、監視義務なし、削除義務なしという、書きたい放題、書かせたい放題のほぼ無法状態になっているのです。その様なインターネットを私たちや子どもたちは、毎日のように使っている状態ですので、ネットの危険性に対する知識を皆さんにも子ども達にも持っていただきたいと思っています。
【悪質書き込みの未然防止】
悪質書き込みがあった場合にどのような対処をすべきか、についてお話をします。3段階に分けて話をします。まず1つ目はトラブルに遭わない様にするための未然防止として出来ること、2つ目は悪質書き込みを早く発見する方法、3つ目は万一被害に遭った場合にどのように対応すべきなのかです。
まず1つ目のトラブルに遭わないための未然防止策です。ネットの一般利用者、自治体、教育機関、法人団体、サービス事業者、保護者、警察など、それぞれの分野の方々に出来る未然防止の方法があります。ただし、完全に無くすことは出来ません。なぜかと言うと、第三者が書き込むからです。自分は少なくともどうすれば良いのかをお話させていただきます。
今日は、自治体が住民のために出来る未然防止のお話をします。それは教育・啓発の推進です。部落差別解消の推進に関する法律の第5条でも、教育・啓発が義務化されますので、教育・啓発をぜひ進めていただきたいと思います。教育・啓発には特効薬がないので地道に毎年度繰り返すことが必要です。啓発方法は、講演会やセミナーの開催、パンフレットあるいは啓発標語を作るなど、様々な方法が考えられます。教育関係ですと、学校現場でのネット安全教室があります。交通安全教室と同じように、年に1回、夏休み前の1時間でも良いですから、ネット安全教室を実施していただきたいと思います。学校の先生方は忙しいですから、専門家を活用するという教育モデルを確立してください。
【悪質書き込みの早期発見】
2つ目に、ネット上に書き込まれた悪質書き込みを早期に発見する方法をお話します。それぞれの分野の方に出来る方法がありますが、地方公共団体に出来ることをお話します。
ネット上の書き込みは星の数ほどあります。住民が悪質書き込みの被害に遭っていないか探し回るということは非常に費用対効果が低いことをまず認識してください。第一にやるべきことは、相談窓口・通報窓口をしっかり作り、被害者を早く発見することです。住民の方々、市民の方々に、相談窓口・通報窓口を周知することが大切です。
自ら探す、いわゆるネット上のモニタリング調査をしている自治体もあります。例えば、部落差別解消推進法の第6条が出来る前の2002(平成14)年から岡山県が取り組んでいます。2003(平成15)年4月にスタートした奈良県のインターネットステーションもあります。奈良県の市町村の職員が、週に2回集って5ちゃんねるやユーチューブ等のモニタリングをしています。このステーションの関係者の方にお話を聞きましたら、削除はやはり大変だということでした。
他にも、三重県伊賀市、広島県福山市、尼崎市、三重県等もネット上のモニタリングを行なっています。他の自治体でも行なわれています。敢えて公表せずにモニタリングしている自治体もあります。どの自治体の方々も大変苦労しています。もしも、これから取り組もうとされているのならば、安易にネットモニタリングを始めると泥沼になることをまず知っていただきたい。泥沼にならないために、しっかりと検討をして体制を整えてから実施してください。そこで、理論武装すべき9項目をご紹介します。
まずは事業の位置付けです。何のためにモニタリングをするのか? その目的は何なのかを明確にする必要があります。なぜかと言うと、ネット上に差別書き込みがあることは明らかなのです。探せば出て来るのは当たり前なのです。見つけるためだったら、やらなくとも分かっているのです。
そして2つ目に、費用対効果の指針・指標をしっかり決めておく必要があります。3つ目に、調査の範囲を決めておくことも重要です。星の数ほどある書き込みの場の中からどこを探すのか、5ちゃんねると爆サイだけ見て、それで調査したと言えるのか、動画はどうするのか、それらの限られた所だけ見て、現状を把握したと説明出来るのか、などしっかりと理論武装する必要があります。
4つ目に大切なのは、差別の判定基準です。どの基準に照らして誰が差別表現だと判定するのか。あるいは、差別だとしなかった表現は、本当に差別ではないのか?この点は問題になってきます。そして5番目は、悪質書き込みや差別書き込みを見つけたらどうするかです。もし地方公共団体が自ら削除を申請や要請した場合、削除に関わる民事訴訟では、当事者になることを覚悟の上で踏み込んで行くことになります。すると手続きや費用、手間や労力も地方公共団体側から出すことになります。
6つ目のポイントは、被害者に対するケアです。差別書き込みを見つけました。その被害者に知らせるのか、それとも黙っているのか。削除の申請を代行してやれるのか?一番問題なのは、その被害者をどう救済するかです。時間が限られるのであまり細かくは言えませんが、はっきり言って救済方法は無い状態です。削除しないと救済にならないですが、現状の法体系の中では削除が出来ないことを分かっていただきたいと思います。
7つ目は、誰が調査するのかです。職員がする事例も、業者に委託してする事例もあります。そして8つ目は、調査の回数・頻度・時間・期間をどうするのかです。ネットは膨大であり、流動的に毎日何十万件何百万件も書き込まれている。それを、いつ・どのぐらいの・どのような頻度で調べるのか?
最後に、事業見直しの条件です。一旦スタートすると、止めることが難しくなります。いつまで続けるのか、見直し条件をどうするのか、どうなったらこの事業の目的を果たしたとするのか、その説明を活動団体が納得するのか、ということまでシミュレーションをして取り組まないと、大変危険な状態に陥いるのです。泥沼にはまってしまった地方公共団体を私はいくつか知っています。これから、真剣にこの分野に取り組むのであれば、しっかり体制を整えて取り組んでください。
【被害にあったならば】
もしも、万一被害に遭ったならばどうすべきか、という話をします。それぞれの分野の方々に出来るアクションがあります。住民が被害に遭っていた場合、地方公共団体に出来ることを紹介します。
ネット上の悪質書き込みの削除は大変難航することをご存知ください。関係者は書き込んだ本人だけではありません。書き込んだ先の掲示板やブログの管理人がいます。その掲示板やブログを提供しているサービス事業者がいます。書き込む際に使ったインターネット接続事業者、すなわちプロバイダーがいます。さらに拡散していれば、拡散先の掲示板とサービス事業者が拡散した数だけ増えています。これらの関係者を相手取っての削除・申請・交渉はほぼ難航します。「ネットに拡散した悪質書き込みを一括で削除する手続き」はありません。いったん炎上すると、削除は不可能な状態になります。
もしも、このような被害を受けましたら、ネット人権侵害の専門家に被害を申告してアドバイスを受けながら動いてください。ネットで検索したぐらいの知識で市民の方々にアドバイスはしないでください。大変危険な状態になります。専門家は2つの機関におります。法務省の人権擁護機関や違法・有害情報相談センターです。
削除は大変難しい状態ですが、現存する唯一確実に削除する方法をご紹介します。それは、裁判所に削除仮処分命令を申し立てるという方法です。ちょっと面倒臭い書類を出しますので、弁護士さんにお願いすることになります。この手続きをもって削除解消命令書が出ましたら、それをプロバイダーに提示して削除を求めてください。そうすると翌日か翌々日には確実に削除されます。また、書き込んだ人間を罰したいとか、損害賠償を請求したいという時は、刑事告訴や民事訴訟の方法も残されています。完全に削除しようとすると、今の法体系では無理な状態だということをご存じいただけるかと思います。
ぜひ、この研修で得た知識をこれからのお仕事に生かしていただくことをお願いします。